24:魔法道具管理室の長い一日

「そのような注文は頂いておりません」

 相手からの返答に、私は頭を抱えた。

 やった。やりやがったよ、あの上司。

 十日ほど前の話だ。水晶玉を百個、魔法道具専門店に発注しようとした。すると上司が『その店に行く予定があるから、ついでに頼んどくよ』と、言ったのだ。

 よくミスをする男性なので多少の不安はあったものの、さすがに行って頼むくらいはできるだろう、と任せてしまった。まさか本当に忘れるなんて……。

 限定ロールケーキを手にして戻ってきた時点で、怪しむべきだったのだ。魔法道具屋の手前でロールケーキを見て、買ったら全てを忘れたな……!

 なかなか届かないので確認をしたら、まさかの注文されてない、という答えだったわけだ。水晶玉の在庫は二十個しかなく、三日後までに百個は間に合わないそうだ。


「どーすんですか!!! 間に合いませんよ!」

「とにかく、道具屋を回って集めよう。この際だ、状態が良ければ中古でもいい」

「仕方ないですね……。行くわよ!」

「俺もですか?」

 原因が仕切りやがる。いや、ここで言い争っても時間の無駄だわ。私は後輩の肩を叩いた。ここは人海戦術ね!

 とはいえ、この魔法道具管理室には、三人しかいない。そして私達三人で、開発部門や制作部門に必要なものを揃えるのだ。


 今回は制作部門から、通信機器にする水晶を百個用意するよう言われている。

 納期はもう三日後まで迫っていた。

 なんとか町中の道具屋を訪ねて、六十個。支店から回してくれるというお店があり、合計八十個は手配できた。あと二十個……!

 とりあえず探しながら、水晶を通信に使えるように下処理する。魔力を流し、映像が映るように加工するのだ。通信用にするには、そこに更にデータの送受信ができるようにする。この作業は専門的な知識が必要なので、制作部門の仕事だ。

 水晶を使った遠隔魔法授業をするのに使うんだって。


 ダメ上司はこの下処理がとても早い。

 私達が一日二十個が限界なのに、倍以上の速度で進める。そんなわけで、下処理は水晶さえあれば間に合うのだ。下処理を任せ、残り二十個の水晶を後輩に探させ、私は画像チェック。ちゃんと映るか、おかしな思念は入っていないか、一つ一つ確かめる。雑念が入ると、映像の後ろに黒い影が映ったり、ノイズや線が入ってしまったりする。

 ダメ上司の分際で、映像はとてもクリア。たまに少し修正が必要なものがあるが、なかなか良い仕上がりね。

 後輩は中古で残りを掻き集めた。

「これ、前の映像が残ってるメモリー型と、音声通信のみに使われた水晶です」

「スカーレット、これ全部消して」

「はいよ~」


 私は元凶ダメ上司の命令で、水晶の記録を消し、音声データを送れるようにされていた設定を消去した。納期は明日、いやもう今日だ。日付が変わってしまったわ。

 まっさらな状態になった水晶を磨いて綺麗にたら、上司がどんどんと下処理を済ませる。あとは確認して終了だ。

 終わったものから底に小さな座布団を敷いた箱に入れ、ふたをした。

 朝までには終了し、一寝入りできたわ。徹夜してふらふらだと、途中で落とすかも知れないし。仮眠くらいは必要。

 十時までに何とか、制作部門の作業室へ運び終わった。


「やった~、おやすみなさい! 本日の業務は終了です!」

「やりましたね、先輩。室長はホント気を付けてくださいね! もう忘れてること、ないですよね?」

「悪いな、二人とも。これで急ぎの仕事は終了だ、今日は帰って休んでいいよ」

 やったー、布団で寝よう!

 片付けも後でいいや、帰ろう。扉に近付くと、向こうから開けられた。

 悪い予感しかしない。


「開発部です! 照明に使うフローライトが届かないんですけどっ!」

「え……?」

 女性は大声を出しながら、室長を睨んだ。

「フローライトの色の違いと、柔らかい発光を生かした照明を作るって伝えてありますよね? 室長」

「あ……聞いた気がする……」

「またお前かーーーーーー!!!」

 帰っていいどころじゃないわ、まだ終わらせなきゃならない仕事があるじゃんよー!


「おい、通信用水晶の映像、三秒後から乱れるのがあるぞ!??」

 今度はついさっき届けたばかりの制作部門! 映ったら終わりにしていたから、ギリギリ気付かなかった……! これも直さなきゃならないの……。

「ちわ~、営業部門ッス! ゴールド社の見本を受け取りに来ました!」

「何の話!??」

「室長に伝えてありますよ」

 ダメ上司である室長を振り返ると、顔を反らしている。

「え……あれ、渡さなかったっけ……? 誰に渡したかなあ……」


「室長には何も伝えるんじゃないわよ!!!」

 こうして慌ただしい一日が、また始まったのだった……。

 もちろん全て間に合わなかった。

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