15:うちの榊さんの話を聞いてくれ

 職場の飲み会というものは、たいてい愚痴のオンパレードになるもの。ちょっと嫌なものだけど、そう相場が決まっていると言っても過言ではない。例にもれず、今回の飲み会も同期たちの上司愚痴大会になっていた。


「でね!うちの上司が言うのよ。そんなん、『二日酔いになる予定です』って書いてあるようなもんだって。ふざけんなよな~!!おめぇと一緒にするなって話!」

「あはは。どうどう、気持ちは分かるけども」


 人の愚痴なんて聞いていても楽しいものではないが、今回の飲み会に参加したのには明確に理由がある。


「で、汐里は最近どうなのよ~。愚痴聞かせろ!愚痴を!」

「ふっふっふっ……よくぞ聞いてくれました!!!」


 自分の上司のエピソードを話したくてうずうずしていた私に!よくぞ話題を振ってくれたね!というわけで、今回はみんなにうちの上司の可愛いおバカエピソードを語ろうと思います。


 手元にお酒は用意した?グラスが空いてる人はいないね?

 自分の手元にあるウーロン茶を一口含み、話始める。


「最近のうちの上司、榊さんね!また可愛いおバカやってたよ」

「どんな、どんな?」

「そうだな~、たくさんあるけど今日は議事録編」


 社会人にとって避けて通れぬものの一つに議事録がある。

 たいていは若手が書き、それを上司や先輩が再確認するわけだが。


「もちろん議事録は私が書くんだけどね。議事録って事前に会議中にメモ取るじゃない。私議事録苦手だからさ、たまに榊さんが取ったメモくれるのよ、これも参考にしなって」

「神じゃん」


 記憶力は良い方なので誰が何を話したかは覚えているのだが、内容が理解しきれない。そのためまとめて書かなければいけない議事録は非情に苦手としているところな、若手社員私である。そんな私にとって、上司のメモは大変ありがたいものだった。


「でしょ?この日も榊さん、4つに折ったメモくださってさ。私も神かなって思いながら、ありがとうございますって頂いたのよ」

「うんうん、良い話過ぎるんだけど」

「そしていざ議事録を書かんとする私!榊さんから頂いた神、もとい紙のメモを開いたその時!目に入ったもの!それは……」

「「「それは……??」」」


 ごくり、と擬音が聞こえてきそうな間の後。私は鞄の中から1つの紙を伏せて取り出し、告げる。


「こちらでございます。見てみて」


 頭の上に疑問符を浮かべる同期達。そのうちの1人が紙を表にし、はぁ!?と変な声をあげる。


「それ、猫なんだって」

「この引きずりまわしたみたいな線で書かれた謎の生き物が猫!?」


 紙に書かれていたのは、大変奇天烈な生き物のイラスト。ちなみに私は初見で生き物とすらわからなかった。他の同期も紙に集まって口々にコメントを残していく。


 なんで猫の絵?これ会議中に描いたのかな。いつもこんなメモもらってんの?待って、右下に小さく頑張れって書いてある。癒し効果だけど、議事録の参考にはならんね。等々。

 わかる、私も同じようなこと思った。


「前日、飼い猫に構いすぎて寝る時間遅くなっちゃった榊さんが、会議寝ないようと手を動かすために書いた猫ちゃんだって。それうまくかけた方らしいよ。ちなみにあとでちゃんとしたメモもいただいた。右下のコメントは、後から私がねだった」


 このメモをもらった時、意味が分からず榊さんに見せに行くと「すっすまん、え!?そっち渡してた?恥ずかし、え、ごめんね。ほんとのメモあげるね、ちょっと待ってて」と耳を赤くしながらごそごそと机を漁る榊さん、控えめに言って。


「おバカワイイ存在だったんだよなぁ……まずもって猫に構いすぎて寝る時間遅くなるの何……おバカ……可愛い……あんな上司がいていいのか……」

「上司にかわいいって感情抱くことあるんだ」

「あるよ!みんな榊さんのこと知らないから!今度うちの部署で榊さんと握手してきなよ!私たちの部署で、榊さんと握手!」


 いいなぁ、とつぶやく同期達。せやろ。榊さんはおバカでかわいい上司なんだよ!


 後日。昼休憩の時間。榊さんが大変不思議そうな顔をして、自席に戻って来た。

 推しが何か不思議そうにしている。ここで聞きに行きたくなってしまうのがオタクの性。昼食に行こうと立ったついでに声をかけてみる。


「榊さん。何かありましたか?」

「いや……なんか、若手社員の皆さんに握手されたんだけど。あれなんだったんだろ。知ってる?握手するのブームだったりするのかな」


 何だったんだろうなぁと首をかしげる榊さん。


「い、いやぁ?何も知らないですねぇ?ちょっと私お昼ご飯食べてきますぅ……!!」

「おう、いってらっしゃい」


 あいつら、本当に握手したんか!!!!!!!馬鹿!!!

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