★16:用途不明の段ボール

 バックヤードに積み上げられた段ボールが、今日も増えている。

「店長、俺、昨日片付けてくださいって言いましたよね」

「言ったね」

 来月のシフト表と睨めっこしながら、店長が答える。

「物、増えてますよね」

「二個片付いたけど、三個増えたね」

 いけしゃあしゃあとうそぶく店長に、怒りを通り越して溜息が漏れた。



 俺がバイトとして雇われた頃は、まだバックヤードの壁に貼られたポスターが見えていた。

 コンビニの住所と店長の名前で届いた小さな段ボールが数個、置かれているだけ。とはいえ職場を私物化しているようで気分は良くなかったが、フランチャイズ経営のコンビニなどこんなものだろうと自分を納得させていた。


 だが、その段ボールの数は増えていくばかりだった。今はもうポスターも見えないし、じわりじわりと俺たちの休憩スペースが侵食されていた。

 『HT914A150』だの『RT920P410』だの、店長の字でアルファベットと数字の振られた段ボールは、管理されているんだかされていないんだか。


木田きだくんからも言ってやってよ、今日の荷物はマジでヤバいから」

「えぇ……?」

 ほんの少し先輩の本間ほんまさんから出勤早々そんなことを言われ、バックヤードに入った俺の目の前に飛び込んできたのは、大量の段ボールだった。大きさは小さいが、数が多すぎた。


「うわ、なにこれ」

「あ、おはよう木田くん。今日も時間ぴったりだね」

 賞味期限切れのお菓子なんかが並ぶ休憩用のテーブルの下をほうきで掃きながら、店長はにこやかに挨拶をする。

 掃除はするくせに、なんで段ボールの山は片付けないんだよ。


「流石にひどくないですか? 少しずつでいいんで片付けてくださいよ」

「あー、うん」

 チラと段ボールの方に視線を向けて、すぐに逸らす。クレーマー対応の時には役立つのらりくらりとした態度も、今はただ腹が立つだけだ。

「あの、一応ここって従業員共用の場所ですよね。店長の私物で埋まっていくの、正直不快なんですけど」

「うーん、僕の私物ではないんだけど……まぁ、スペースが狭くなるのはあるよね、ごめん」

 私物でなかったら何だというのか。開けられた形跡もない段ボールは、埃をかぶって積み重なっていた。



「スペースがなくなるのは申し訳ないなと思って、奥の方は前より積み上げたんだよ」

「ソウデスネ」

 まるで褒めてもらえるとでも言わんばかりに目を輝かせる店長を一蹴し、レジに入った。俺と店長だけの深夜帯。基本的に店長はバックヤードで仕入れなどの事務処理をしていて、店内は俺ひとりで回している。

 本間さんから引き継いだ在庫管理に思いを馳せつつ、少し散らかったカウンター内を整理していた時だった。


「あの、笠原かさはらさんいますか」

 高校生くらいの少年が店長を訪ねてきた。少年は周囲をきょろきょろと気にしながら、俯きがちに立っている。

「店長ー、御用のお客さまがいらしてますー」

 声を掛けると店長はすぐに出てきて、少年を見ると驚いたような顔をした。

「裏から来るように言われてなかった?」

「あ、そっか……すみません」

 頭を下げる少年を慰めるように「大丈夫大丈夫」と言いながら、二人はバックヤードへと入っていった。


 客がいなくて暇だったのもあり、何となく気になって裏を窺う。少年が何度も謝る声が漏れ聞こえ、何かあればすぐに駆けつけられるようにしておこうと覚悟した。

 少しして裏口のドアの開閉音が聞こえ、正面の窓ガラス越しに帰っていく少年の後ろ姿が見えた。少年は、


 店長の私物だと思っていた段ボールを、引き取りに来た人がいる?

 少年の様子と店長の発言、減ったり増えたりを繰り返す段ボールについて考えていて、ふと、気付いた。


 段ボールに振られた文字列は、なのではないか、と。

 この辺りのコンビニで万引きされた物品を回収して、いつか万引きしてしまった人間が代金を持ってくる日を待っているのではないか、と。

 

 ドリンクの在庫確認に行くフリをして店長の方を見ると、パチッと目があって思わず声が漏れた。

「木田くん、もしかして気付いた?」

「…………いや、別に」

 突拍子もない推論だ。合っているかを店長に確認する気もない。


 ただ、明日からは段ボールが増えているのを見た時に湧き上がる感情が、今までとは異なる種類のものになるかもしれないだけ。

 店長の私物が増えているのだと思ったままでいることだってできる。

「段ボール、早く全部片付けてくださいね」

「そうだねぇ、そんな日が来たらいいよねぇ」

 のらりくらりとした態度も、もしかしたら誰かの救いになっているのかもしれなかった。

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