04:おバカな臨時店長
「人が来ないな」
「はい。大雨が続いて農作物の被害もありましたしね。何もかも値上がりして、花を買ってる場合じゃないんでしょう」
のんびりと客を待つも誰も来ない。私は学校がお休みの日だけこのお店で臨時販売員をしている。
あまりに売れないので普段はお店を切り盛りしているこの人のお母様は、最近私がここにいる日だけお貴族様や富裕層相手に花知識やブーケ・ラッピング講座をしに出稼ぎに行っている。その界隈で女性が男性に渡すのが今、流行ってるとかなんとか。
昔の貴族は婚約者を勝手に決められることも多かったし、庶民も親繋がりの紹介が多かったようだ。今はそんな古臭い時代ではない。積極性も必要になって、私にはちと厳しい。
この人のお父様は早くに亡くなったらしい。そしてこの臨時店長は、どこに行っても仕事が長続きせず今はプータロー。店番くらいしなさいと言われ……知識のないこの人のフォローを私がするはめになっている。
経営者の息子だから、残念なことに今は私の上司だ。
「楽でいいな」
「とんだ臨時店長ですね」
「俺にも色々あんだよ。なー、シロたん」
机の横の木製丸椅子の上で丸まっていた白猫がチラリとこの人を一瞥して「にゃー」とないた。お店が開いている時だけここにいる、なじみの猫。その正体は私と店長……お母様だけが知っている。
「ほらな」
シロたんを普通の猫だと思ってるところもダメ上司……。朝の店の準備も全て母親任せだ。
「よし。じゃぁ後学のために教えてやるか」
「はぁ」
「俺をプータローだと思っているだろうがな」
「思ってます」
「うるせーよ」
本当に歳上なのかな。
「世の中大変なんだよ」
「はぁ」
「最初の仕事先な。貴族や富裕層の子供向けの教育冊子を作ってたんだが、上司が『確認する時間は無駄だから、最初から完璧にやって確認はするな』と怒るんだ」
「無理ですね」
「だろ? で、間違えると給金泥棒だと罵るんだよ。横に張り付いてるからこっそり確認もできない」
「辞めますね」
「だよな」
社会に出るのが怖くなってきた。シロたんは突然机に乗って猫パンチを始め、臨時店長が片手で受け止めている。
「で、次のとこな。給金が数ヶ月未払いとかザラだった」
「辞めますね」
「でも俺は頑張ったんだよ。上がヤバいところから金借りて取り立てが来ても頑張ったんだよ。で、給金未払いのまま潰れた」
「悲惨ですね」
少し同情する。
シロたんは臨時店長の膝の上に乗ると、今度はお腹に猫パンチを始めた。
「で、次な」
「まだ何かあるんですか」
「五分刻みの業務報告書を作るとこだった」
「五分……」
つい、壁掛けのチクタク動く時計に目がいってしまう。
「しんどいですね」
「内容も厳しく追及されるし、その上司についた奴は皆辞めた」
「……上司の趣味ですか」
「正解だ」
この人も駄目駄目だし、世の中まともな人なんて……いや、この人のお母様はまともだ。大丈夫大丈夫。
シロたんはやる気を失ったのか椅子の上に戻り「うな〜」とないている。
「で、次」
「聞きたくなくなってきました」
「鶏の置物が無限に増殖していく」
「意味が分かりません」
「一部屋にでっかい幸運の鶏が九羽飾ってあった」
「なんで!?」
「一年でまた二羽増えた。朝昼晩にゼンマイを回して鳴かせるのも大事な仕事」
「だからなんで!?」
「そんな頭のおかしいのがトップだぜ? もう俺は疲れたんだよ……」
シロたんはじっと臨時店長を見ている。どうした?
「他にもあるぞ。意識高い文章を強制的に読ませて感想文を書かせるとこ、怪しいしゅうきょ――」
「にゃー!」
突然、シロたんが臨時店長の顔に飛びついた!
「いって!!!」
え、なんで顔だけじゃなくて腰まで押さえてるの?
シロたんは器用にここらの地図を持ってくると、パンパンと一箇所集中で叩き始めた。
「なんだなんだ!?」
「お告げですよ。花を買ってくれそうな人がここにいるからリアカーで運んで道端で『花はいりませんか〜』と販売せよという、ありがたいお告げです。たまにあります」
「俺んちの店もやば!」
「猫集会で、どこの誰の誕生日がいつとか情報を仕入れてるらしいです」
「お前、猫語が分かるのかよ!」
こんなにお利口さんな猫、おかしいと思いましょうよ。
「花をリアカーに積むので手伝ってください」
「無理だ。実は猫耳カジノのビリヤードで昨夜腰を痛めてな。ここで姿勢よく真っ直ぐに座ってるのが精一杯だ」
「バカですか、あなたは」
「めちゃくちゃ痛いんだよ」
ため息をついて、仕方なく立ち上がる。化け猫シロたんもスッとついてきた。臨時店長に分からないように、外に出るとこそっと私に小さく囁く。
「世の中、悪いとこばかりじゃないよ。あの坊やがすまないね」
「はい。店長はいい人なので!」
でもまぁ、臨時店長のことも嫌いではない。
世の中バカばかりなのだとしたら、どんなバカを許容できるかの相性も重要なのかもしれないなと思いながら、心地よい風を感じつつ、一つ伸びをした。
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