03:白銀の貴公子はバカである [残酷描写あり]
「おーい、キース君、新しく資料を購入したいんだけど、申請書はどこにあったかな?」
王立図書館の資料室で、いつものように呑気な声が聞こえる。
「……エドワード様、以前にも申し上げましたよね? 申請書は、新しい書式になってからそちらの棚の引き出しに入れてあります」
「ああ、本当だ。ありがとう、キース君」
エドワード様は、人懐こい笑顔で俺に礼を言った。
誰だ、この上司を「白銀の貴公子」なんて言ったのは。確かに長い銀髪もエメラルドのような瞳も女共には魅力的に見えるかもしれないが、エドワード様ははっきり言ってポンコツだ。
先程のように、部下である俺に書類の在りかを何度も聞くし、気まぐれに本を手に取っては適当な場所に仕舞うので、俺が早朝から夜中まで本の整理をする羽目になる。
何故この人が二十七歳の若さで王立図書館の館長を務める事が出来ているのか、俺にはわからない。
「あ、そうそう、キース君。今日は僕、用事があって早く帰るから、君も早く帰るといい」
「……承知致しました」
俺は、そう言って静かに頷いた。
その夜、俺は誰もいないはずの図書館に足を踏み入れた。司書見習いというよくわからない肩書の俺は、自由に図書館に出入りできるのだ。
足音を立てないよう廊下を歩いていると、人影が目に入ってビクリとなる。……なんだ、鏡か。俺は、黒髪に赤い瞳の自分の姿を見てほっと息を吐いた。
しばらく歩くと、遠くにまた人影が見えた。今度は鏡じゃない。男が二人……いや、三人いる。男達は、静かに資料室へと足を踏み入れた。
俺は、音を立てないまま全速力で駆けて行き、資料室に飛び込んだ。
一人の男が、ソファーで寝ている男――エドワード様に向かってナイフを振り下ろそうとしている。俺は、思い切り男を蹴り上げて、男の手からナイフを叩き落とした。
「なんだこいつ!?」
男達三人は、まず俺を始末する事にしたらしく、一斉に俺に襲い掛かってくる。俺はまず、一人目の鳩尾を蹴り上げた。
「ぐうっ……!!」
一人目は、変な呻き声を上げてその場に倒れる。
「この糞ガキっ……!」
二人目の男がナイフで俺を切り裂こうとするが、俺は軽く避けると自分の懐からナイフを取り出した。そして男の背後に回り込むと、その背中に思い切りナイフを突き刺した。
「かはっ……!!」
三人目を始末しようとした時、俺は目を見開く。三人目の男は、俺が他の二人を倒している間にエドワード様に近付いていた。
三人目の男がエドワード様をナイフで突き刺そうとする。間に合わない!俺は、持っていたナイフを渾身の力で投げた。
「ぐっ……!!」
俺のナイフが三人目の男の首に刺さる。男は、短い呻き声を上げた後その場に倒れた。
俺がホッと息を吐くと、ソファーでブランケットにくるまっていたエドワード様がもぞもぞと動いた後、目を開いた。
「……あれ……キース君? 早く帰っていいって言ったのに、戻ってきちゃったの?」
「あんたは……!また不用心な事して! 妾の子とはいえ王族なんだから、ちゃんと離宮で寝ろってあれ程……!!」
「だって……離宮で寝たりしたら、僕の命が狙われた時、離宮にいる使用人を巻き込んでしまうかもしれないじゃないか」
エドワード様は、子供のように唇を尖らせて言う。
「だから、誰も巻き込まないように一人で寝るようにしてるのに、キース君はいつも僕が危ない時に来てしまうんだもんなあ……」
妾の子で王位継承権八位とはいえ、この方の命を狙う者は多い。エドワード様はのんびりしているように見えるが、いつも神経を尖らせている。睡眠薬がないと眠れない。
俺の前でポンコツなフリをしているのも、俺が呆れてエドワード様から離れるように仕向けているのだ。そうすれば俺が巻き込まれる事が無いから。
「とにかく、今日は俺の部屋で寝てもらいます。一緒に来て下さい」
「……わかったよ。君の部屋に行こう」
そして、諸々後始末をした後、俺達二人は図書館を後にした。
死なせるもんか。エドワード様は十年前、スラム街で死にかけていた俺を助けてくれた。当時七歳だった俺は、一生エドワード様について行くと決めたんだ。
夜道を歩きながら、俺はチラリとエドワード様を見上げた。まだ俺が自分の元を離れると思っているこの少しばかりバカな上司を、俺はずっと守り続ける。
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