第9話旅立ちの告知
春子は大きく息を吐くと、正夫の両親がいる田中家の電話番号を検索した。正夫が足を切断してから、バリアフリーの「こまち薬局」で暮すことになった。長男が嫁の実家で暮らす事が気に入らない両親が反対したが、結局昔ながらの段差だらけの大きな家で暮らすことが難しく「こまち薬局」にいるのだ。
仲違いをしてから半年近く連絡を取っていなかった。時計を見ると十一時近かった。春子は意を決して携帯の画面に指を乗せた。出て欲しくもあり出ないで欲しくもあった。できれば姑美佐子が出てくれる事を祈った。舅武夫が出たら、怒鳴り散らされて冷静に話が出来そうにもなかった。
「もしもし。」
語尾の上がった甲高い美佐子の声がした。少し緊張が和らいだ。
「もしもし。春子です。」
「はい。」
「私今仕事で高知に来ているんですけど、正夫さんが亡くなっていたみたいなんですよ。」
「そう。」
美佐子は、大切な一人息子の突然の死の知らせに、取り乱すでもなく淡々と業務連絡のように答えた。
「ヘルパーさんが来て見つけてくれたみたいなんですよ。」
「はい。」
「家には良夫がいます。和彦にも連絡したので帰ってくると思います。私は今帰っています。二時間はかかると思います。」
春子は必要な事だけ羅列して伝えた。
「わかった。行こわいね。「こまち薬局」やね。」
春子は電話を切ると再び大きく息を吐いた。連絡をした身内の反応は誰もみな意外に冷静で取り乱す者はいなかった。この二十年、九死に一生の病気で救急車で何度も救急車で運ばれては半年程の入院を繰り返していた。正夫が亡くなったと聞いても、家族にとっては、いつか起こりうるであろう予測できた出来事だったのかも知れない。
春子は一人っ子だった。頼みの綱の房子は認知症、二人の息子は成人したばかりで、支えにはなってくれたが、決断はすべて春子が下さなければならなった。一人でこれからしなければならない、人の死にまつわる行事を思い描いた。窓の外には低く垂れこめた鉛色の空に続く広大な太平洋が見えた。
容赦ない現実
正夫の死の知らせを受けてから二時間余りタクシーで家に帰ると自宅兼店舗の前の駐車場には沢山の車が停まっていた。店に入り口から入ると大勢の人がいた。自分が建てた家に自分の意志とは反して、知らない人が出入りしているのは不思議な感じがした。春子は店から続く奥にある台所へ進んだ。十畳あるリビングダイニングには十四,五人程の人が立っていた。良夫は今朝まで引きこもっていたにも関わらず大勢の人の中にいた。春子は、まず良夫の傍に行った。
「よし君ありがとうね。」
和彦も春子を見つけて近付いて来た。
「お母さんお帰り。」
「兄ちゃんもありがとうね。」
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