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ついに退職を決意したとき、僕は清々しい気分だった。これから先の生活のことなんて、考える余裕もなかったが、それでも心は晴れ渡っていた。


そんな矢先、教官の携帯が鳴った。いつものように無表情で電話に出た教官だったが、その表情はみるみる険しくなっていった。そして次の瞬間、基地全体にけたたましい警報音が響き渡った。


基地の警報が鳴ることは、もちろん知識としては知っていた。訓練で耳にすることもあったが、今日の予定は単なる飛行訓練だけだったはずだ。非常事態訓練は入っていない。つまり、この警報は――本物だ。


教官が電話を切り、こちらに振り返ると、冷静を装いながらも、その顔には明らかに不安の色が見て取れた。


「国籍不明の航空機が領空に侵入した。方角的には、今から20分以内にこの基地を攻撃する可能性が高い。」


さすがの教官も、日本の平和が長く続く中で、敵機の攻撃など想定外だったのだろう。経験豊富なはずのその顔に、初めて見る憔悴の色が浮かんでいた。


その日の飛行訓練は、偶然にも同じ基地に配属されていた同期との合同訓練だった。僕はすぐに察した。今頃、同期たちは訓練を切り上げ、そのまま敵機との交戦に突入するだろうと。


いつも体育会系の精神は大嫌いだった。でも、今までの人生、部活でも学校でも舞台でも、いつも軍人気質の祖父の血が騒ぐ時がある――仲間が危機に瀕している時だった。今まさに、胸の奥から何かが燃え上がるのを感じた。いてもたってもいられない、どうしても仲間を救いに行きたい――。


「教官、出撃命令を下さい。」


僕の口から出た言葉に、教官は一瞬驚いた様子を見せた。つい先ほどまで退職を口にしていた人間が、今度は出撃を志願するとは。しかし、教官はすぐに冷静さを取り戻し、毅然とした声で答えた。


「だめだ。辞めると言っていたばかりの人間を出撃させるわけにはいかん。その精神状態で出ても、ろくなことにはならん。お前は待機だ。」


――そして、気がついたときには、僕は命令を無視してF-16のコックピットに座っていた。この機体は、安価でエンジンが一つしかないにもかかわらず、価格に見合わないほどの優れた性能を誇り、今でも多くの国で主力戦闘機として活躍している。普段の僕なら、上官に命じられたことを素直に従うタイプだ。待機しろと言われれば、ただ大人しく待機するだろう。でも、そのときの僕は、自分でも信じられないほどの衝動に突き動かされ、命令違反を犯していた。


敵機はすでに視認できるほどの距離まで迫っていた。スロットルを押し込み、機体を急上昇させると、そこで見えたのは、激しいドッグファイトの末に被弾し、射出座席で辛うじて脱出した同期の姿で、彼はまだパラシュートで降下中だった。何としても彼が無事に地上へ降りられるよう援護しなければ――。そう思い、僕は敵機の注意を引くためにバルカン砲を発射した。


敵はすぐにこちらを標的に定め、反撃してきた。彼らは機体性能もパイロットの技量も明らかに上だった。その瞬間、僕は確信した。この角度で攻撃されれば、確実にエンジン部分が被弾し、墜落する――そう思った瞬間、射出座席のレバーを引く間もなく、意識が遠のいた。


しかし、今振り返ると、それは奇妙なことだった。だって本当にエンジンが撃たれて墜落したなら、即死しているはずだから。だとすれば、あの時の感覚は何だったのか?そう、実際には撃たれていなかったのだ。気づいた時、僕は見知らぬ世界、浮遊する大陸が舞う異世界に召喚されていたのだ。

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