夜勤

高架の線路を渡っていた。背に負った熊手の柄が枕木に当たってカランと鳴った。人一人分隔てた傍らを家に帰る列車が走ってビルの向こうに消える。月だけが彼女を見ている。笑顔で佇む屋上広告の人々は街のどこも見ていない。星は見えない。

通りの電燈はどうしてか暗かった。雑居ビルは底の見えない闇の中から伸びて今も成長を続けているように見えた。線路を渡る。渡る。向こうから来る列車たちは彼女に気付かず、スピードも緩めずに頬を掠めて飛んでいく。

枕木に少しつまずいた。その拍子、肩に掛けた袋がズシリと重く感じた。熊手で人々から掻きだして固めた泥玉で袋は満杯だった。泥には死が混じっている。だがそれはどれもどこかが欠けていた。全てをごっそり掻き出せるわけではない。どうしても泥がちょっぴり彼らの中に残ってしまう。熊手が付けた泥の軌跡を思い出す。

河に差し掛かった。鉄橋になると、足場は枕木だけになり、その間には深く暗い流れが見える。河の向こうには車両が幾台も並んでいる。あの場で束の間の休息を取って、列車は再び街を回るのだ。彼らが止まるとき、都市も止まる。何度もバランスを崩しそうになりながら鉄橋の真ん中まで差し掛かると、車庫に帰ってくる最後の列車を待った。

線路は街から伸びてこの足元まで続いていた。何か大きな生き物の舌先に乗っかっているような気持がした。すると舌が揺れ始める。最後の列車が音の無い光をこちらに向けて走って来る。彼女は肩から袋を外すと片手で口を持った。あの列車もやはりスピードを緩めない。鉄橋の揺れが大きくなっていく。車輪の火花が見えた。彼女は袋を思い切り列車の前に投げた。大きな衝突音を残して泥玉も袋も跡形もなく搔き消えた。彼女は興奮の後に残る痺れに酔いながら深く息をついた。足は街へと向いていた。

明日が出来た。

唇が震えた。

次第に笑いが戻って来て、泣きたくなった。

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