第11話 迷い子の闘い

 謎多き女と、ダストン達の船が出会ってから3か月程が経った。

ある星で、その再会を心待ちにしている男がいる。その男は寂(さび)れた商店街の様な所で、目をつむって佇(たたず)んでいた。時折、遠くの方でガラガラと建物が崩れる音がする。男の周りも、瓦礫などが散乱している。気温は高くて暑いが、湿気はほぼ無く、陰(かげ)に入れば涼しさを感じるような場所だ。

 男は白と灰色の交った長い髭を貯(たくわ)えていて老人のような風貌だが、背は高く全身をマントの様な布で覆っている。指には古く黒ずんだ宝石の付いた指輪を数個付けている。手首や首元にもアクセサリーを身に付けていて、まるでどこかの王様の様だ。


 空を見上げ、深呼吸して息をゆっくりと吐き出した男は、徐(おもむろ)に右手を空にかざした。すると青い空に白い雲が集まってくる。いや、よく見ると緑の霧だ。それらが一か所に段々と集まる。大きくなっていく・・・、ゆっくりと・・・、それはもう肉眼でもハッキリと分かる程の速さで。しばらく経つと、それは下から見ただけでも、直径一キロくらいはありそうな巨大なものになった。

 そして男は、かざした右手の手のひらを閉じた。その瞬間、霧は大きくなるのを止めた。まるで主人の言う事を聞く犬のように。

 続けざまに男は右手を握ったままキョロキョロと周りを見渡し始めた。そして何かを見つけたかのように右側の方角の空に視線をやると、体の向きを右側へ変え、そのまま野球のピッチャーのように、足を振りかぶって、右腕で何かを投げる仕草をした。すると上空にあった大きな霧はそっちの方角に凄い速度で流れて、そのまま宇宙空間に向かうように消えていった。


 コーレは、水の惑星サラサを拠点としている。水の惑星だけあって、川や海が美しく、温泉なども豊富にあり、旅行者も多い人気の星だ。コーレも温泉を好みよく入る。今日もお気に入りの自分だけしか知らない場所に、身体を癒しにやって来ていた。

 いつもポニーテールにしているコーレは、髪を結ぶのに鮮やかな黄色のスカーフを使っている。

それをほどくと、髪は腰の少し上くらいまでになる。ナチュラルにくねる、そのへアースタイルには、もはや約千年に渡り生きている長寿の風貌(ふうぼう)はなく、肌質や立ち振る舞いも、まるで18,19歳と言われても不思議ではない。コーレ自身も未(いま)だに、自分の身体に疑問を感じている。ただ、自分の頭の中の記憶が、千年と言っているのだから仕方がない。

 服を脱ごうとしたその時、耳に違和感を感じた。コーレはいつも耳にピアスをしている。このピアスはあるものを察知するための機能がついている為、常に身に付けている。そう、ミーゴブレスを察知する為に。

 お察しの通り、実はコーレがミーゴブレスを発生させていた訳ではない。先ほどの謎の男が何かを投げていたが、あれがミーゴブレスだったのだ。彼女はそれをいつも受け止めていたにすぎない。では何故受け止めないといけないのか?受け止めるといっても、どうやって?それは彼女と男の間にある誓約が深く関係するが、その事は次回の12章以降で紹介していく。


 コーレはとりあえず、お楽しみを後回しにし、いつもの態勢に入った。両腕を広げ、ブレスが向かってくる方角に視線を集中させる。一点集中のまま、両方の手のひらをブレスの方に向け、両方の手首の付け根の内側をピタリとくっつけ、一呼吸する。そして、向かってくるブレスに、

「我、守護神なりて、解放の神なり。」と唱え、手のひらから吸い込むように、コーレの体内に入っていく。少し苦しそうな表情だが、慣れた様子で、すべてのブレスを吸収した。

 吸収してすぐのコーレの体には、何やら暖かみのある薄い緑色の煙が、軽く体をまとっている。そして、その目は赤く輝いている。彼女はこれから起こすことを思ってか否か、体を振り向かせ、どこかに向かう時の目には、赤い涙が流れていた。


 戦いはもう始まっている!

 ダストンの目が光る!一点集中で狙いを定める。奴との戦いはいつも死闘だ!二本の木の棒が悲鳴を上げる!誰が勝つか、負けられない戦いは、船の中から既に、開始のシグナルは上がっている。

 ダストン、リーチ、キーホの三人は、好物のエビフライが食卓に並ぶといつもこうだ。人数分ちゃんと用意されたエビフライは、なぜかこの三人の前では早い物勝ちの競い合いになる。他のクルーからすれば、醜い争いにしか見えない。ブレス処理の時の、乱れのない三人のチームワークは、この時ばかりは乱れまくる。

 そして今まさに、エビフライにダストンの箸が届きそうになったその時、左腕が騒いだ。これはブレスが近くにある事を知らせる前兆だ。エビフライどころではなくなったダストン!急いで船のクルー全員に知らせる為のブザーを、キーホに指示した。キーホも半ば残念そうに、緊急ブザーのボタンを押した。

 

 艦内に、けたたましく響き渡るブザー音が、クルーのひと時を奪うように鳴り響く。各自一斉に自分の持ち場に急いでつく。日頃の訓練の賜物(たまもの)か慣れているのか、各々の動きは非常に俊敏(しゅんびん)だ。

 ダストン達も自分の持ち場についた。コックピットの右側はリーチ、左側はキーホ。彼らの役目は、主に船の操舵の重要な任務を任せてある。船もデカいので、近づき過ぎたりがないようにとかの、微調整が重要な舵取りになる。

 ダストンはというと、コックピットの真上に、玉座の様に据(す)えられた特別な場所に立っている。そこはコックピットの中央辺りに、縦に長く透明な筒が、天井まで伸びていて、その中はエレベーターが設けられていて、それを使って船の上に出るようにしてある。

 そう、船の外。つまり、ダストンは一人、宇宙空間に立っている。しかも生身のままで。それでも生命活動が維持できるのは、突出した人類に他ならないからだ。


 ダストンの左腕はもう既に赤く、燃えたぎる炎のように荒れ狂っている。これはブレスがかなり近い証拠だ。いつものように身構え、戦闘態勢に入る。入ったはいいが、何かおかしい。


 「・・・何だ?いつも以上に腕の反応が激しいな。それに妙な感覚だ。懐かしい・・・あの時のようだ。・・・ん?・・・あの時?」


 妙な感情を覚えていた時、それはもう肉眼でハッキリと確認できる所に来ていた。クルーに緊張が走る。そしてリーチが老人訛り(なまり)で、少し慌てる。


 「ダ、ダストンょい!今回はこりゃまた、とびきりデカいのが来とるぞい!」


 「あ~、よぉく見えてるさ、リーチ!俺の腕もいつもとは違うって言ってるよぉ!」


 「何か今日のはスゴイよ!船ごと引きつけられる力が凄すぎて、逆噴射装置がキャパオーバーのオーバーヒートを起こしちゃってるよぉ~!」


 「落ち着けキーホ!お前の語彙力がメチャクチャで、脳がオーバーヒート起こしてるぞ!

いいか!皆はいつも通り冷静に!各自持ち場で!自分も含めた全員の無事の為に!そして、

この船の為に全力で任務を全う(まっとう)してくれ!」

「オォーーーーー!!」

 船長の口説きに、クルー全員の士気が高まった。


 その時、ダストンの目は赤く輝いていた。その目の先には、久方振りに目にする、謎の彼女がいたからだ。今度は初の合戦となりそうだ。

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