第2話 ゴミの所以(ゆえん)

 ここは、藻屑場(もくずば)と呼ばれる宇宙空間の所々にある、ゴミの溜まり場だ。場と言うと一つしかないように思うかもしれないが、藻屑場は宇宙空間に無数にある。俺達はそこを見つけては掃除するという作業の繰り返しだ。とは言うものの宇宙は果てしなく広い。藻屑場を見つけるのも、そう易々と見つかるものでもない。視力は良いが流石に限度はある。

 ちなみになぜそこまで必死で見つけないといけないのかと思われた人もいると思う。別に広い宇宙なんだから放っておいても、何の影響もないだろうと思うだろう。しかし藻屑場を放っておくと、宇宙に存在する全惑星に住む生命体に、大変な悪影響が起きる。

 それは藻屑場から発生する「ミーゴブレス」と呼ばれる邪気を帯びた霧だ。これは場が小さな時は少量で済み、駆除もやり易い。しかしこれは非常に大きく育つのが速く、場のゴミが大きくなるのに対して、4倍の比率で大きくなる為、ゴミが少ない内に掃除しておかないと、取り返しのつかない事になってしまうのだ。

 言い忘れていたが、一つの藻屑場の大きさは、平均的にみて、地球にある日本列島という島と同等の大きさと思ってもらえたらいい。地球人には想像がしやすいのではないだろうか。もちろん放っておけば、もっと大きくなるし、ミーゴブレスはそれに伴って4倍ずつ増えていくから厄介だ。

 さて、このミーゴブレス。厄介な問題点はざっと5つある。この中で一番厄介なのを皆も考えてみてほしい。


 1・ まず色は緑。深い緑で、一度衣服に付こうものなら、絶対に取れない。


 2・ 少し粘り気がある。もし吸ってしまうと、窒息の危険性がある。


 3・ 生身の生命体を好み、それを襲い、吸収してしまう。


 4・ 直視してはいけない。


 5・ 絶対に背中を向けてはいけない。


 どれも不気味な問題点ばかりだが、取り分け不気味なのは、やはり1・だろうか。お気に入りの服に付こうものなら、ショックで夜も眠れな・・・、

「って、違うでしょ!今まで良かったのに急にふざけないで!」

 急に現れたが、この娘は俺のチームの仲間で名前をキーホという。天真爛漫でいい娘なんだが、困った事に、俺にツッコミをよく入れてくるんだが、なぜか顎にグーパンという、どこで覚えたのか分からない奇想天外なツッコミをかましてくる。だから今も頭にクラッと効いている。油断すると気絶しそうだ。いいパンチを持っているが、すぐにでも止めてほしい。

 2・はどうだろうか。これはガスマスクで防げるから何とでもなる。危険が及ぶのは3・以降だ。3・は書いてある通り、実は奴らは俺達を襲ってくる、意思のある気体生命体なのだ。言葉を発する訳ではないが、無言の気流で、獲物となる俺達の様な宇宙船を覆い囲み、その中を真空状態にしてしまい、行動不能にする。そして、そのまま少しずつ溶かしながら自分達の栄養源にして大きくなっていく。恐ろしく気持ち悪く、不気味だ。

 4・はお察しの通り、最初の方に書いたが、俺達はサングラスをしているから、それ程の影響はない。でも俺のチームに一人だけサングラスをしていない、リーチという奴がいる。リーチは昔、駆け出しの頃、自分の親父の船に着いて行った時、調子にのって馬鹿やった挙句、ミーゴブレスの放つ強い紫外線を近くでもろに見てしまい、それが原因で失明してしまったのだ。だが彼はそれをハンデとは微塵も思わず、強く生きた。誰よりも強く生きた。結果、129歳という驚異的な長寿を叩き出した。お年寄り特有の腰が痛いなんて事は、一度もなかったと彼は言う。見た目も図鑑で見た、ゴリラという動物にそっくりだ。驚異だ。

 話のついでに、このままもう少し仲間の紹介をしよう。さっき紹介したキーホとリーチに加えて、俺の船には約1500人ほどの仲間が乗っている。それじゃぁ一人ずつ紹介していくことにする。まずは・・・・・。


 いやぁ、流石に1500人も紹介すると喉が渇く。ちなみに俺は全員の名前も顔も記憶している。俺の記憶力は宇宙一だと、リーチがこの間、お茶しながら言ってた。

 

 記憶と言えば、最近自分の子供の頃を、ふと思い出した。あまりいい記憶ではない。焦げた臭いと、大勢の人の叫び声、逃げ急ぐ足音、建物が崩れる騒音、今でも思わず耳を塞ぐ。あれは本当に現実にあった事なのかと、疑念を抱く。誰もが振り返ってしまう過去の出来事。後悔とは俺の為の言葉かと思う。俺が取った行動が、一生の後悔に誘う。奴らに背中を向けたばかりに。


 デカくなり過ぎたミーゴブレスは、宇宙空間だけでは飽き足らず、惑星の中にまで入ってその星ごと飲み込んでしまう。奴らは見続けていると襲ってこない。逃げようと、背中を向けた途端、

巨人の様な形に早変わりし、その巨大な手が背中を背けた者を掴み上げ、巨人の口から飲み込む様に、霧の身体へと吸い込まれる。子供の記憶に鮮明に残るほどの恐怖だ。

 「絶対に背中を向けてはいけない。」、そう両親から言い聞かされていたが、子供にはあの恐怖に正面から受け止めることなんてできるわけがない。俺は震える足を懸命に動かし、逃げ出そうと背中を向けた・・・。時間からして30秒~1分くらいだったと思う。

俺の隣りにいてくれた両親はもういなくなっていた・・・。代わりに俺は難を逃れた。


 自分の失態から招いたとはいうものの、俺の敵討ちの標的となり、無我夢中で奴らの倒し方の勉強をし、修行した。修行し、修行しまくった末に、俺は15歳で自分の船を持った。物凄いスピード出世だと、リーチがランチしながら言っていた。

 失態は愛する者を奪い去り、その失態の過失をいつまでも引きずらせる。奴らはそうすることで、過去を振り返らせる。嫌なことをいつまでも振り返らせるのは、前を向かせず弱い人間を造りだし、奴らの恰好(かっこう)の獲物が出来上がる。そんな奴らから人類を守る為、俺達は活動している。過去には良い思い出だってある。それに想いを馳(は)せ、過去への時間旅行に行くのは、人類にとって必要な安らぎを与えてくれるものだ。それをミーゴブレスに踏みにじられるのは癪(しゃく)だから、奴らを駆逐する為、今日もパトロールに余念がない。


 とはいうもの、広すぎる宇宙を闇雲に飛び回っても、エネルギーを消費するだけ。効率よく探すには、ある能力が必要になる。それが俺の船が持つ特殊能力の「キャッチ―・アイ」だ。

 実はミーゴブレスの特性の一つに、色を好むというのがある。とりわけ、白色は奴らが特に好む色だと、研究結果が出ている。最初にも言ったが、奴ら自体が深い緑色なだけに、汚すという意味でも、白い物が汚れていくのに、快感を覚えるのだろう。

 そこで考えついたのが、白い絵の具を船から噴射させるというものだ。噴射させた絵の具を宇宙に漂わして、それに誘き寄せる感じにする。釣りでいう、撒き餌(まきえ)みたいなものだ。

 今のところ、この作戦は百発百中成功する。小さなものから、大きなものまで何でもござれだ。奴らからすれば、白色というのはキャンパスの様なものなのだろう。まるで絵画のように、自分で色を付けて、自分なりの芸術を完成させる。これがミーゴブレスなりの自己満足であり、自己表現であるのかもしれない。

 しかしそれを放っておいたら、我々人類は確実に絶滅する。俺達は俺達で、生まれてきた意味というものが必ずあり、それを守り、後世に生まれてくる者達に残していく義務がある。自分だけが生き残ればいいとか、幸せになればいいとかは、俺の思想にはこれっぽっちもない。もし自分本位で考えていたら、この仕事はしていないだろう。もっと割の良い仕事はいくらでもある。

親父から譲り受けた船を売り渡して、それをどうでもいいことに使い、至福を肥やして生きていくのも楽しかっただろう。でも、それはやらない。これは俺の天職だ。必然でもある。やらなきゃいけないことだ。俺がやらなきゃ誰がやる? と、問いたいくらいだ。

なぜここまで言い切れるかというと実は、俺の左腕はミーゴブレスだからだ。

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