第6話 休み
「あー、昨日は疲れたな」
俺はベッドの中で昨日のことを思い出す。オークはがいなかったせいでクエストは達成出来なかった。少しだけ気分が落ち込んでしまう。
「今日はクエストはなしだな」
今日はあいつらと遊びにでも誘ってみるか? うーん、でも仕事があるよなぁ。
「……しょうがない。今日は1人で街を歩くか」
俺は外出用の服を着て宿を出た。
「んー、何をしようかなぁ」
いつものようにいろんな店の食べ歩きでもするか、それとも別のことをするか。俺は悩みながら歩いていると何かと軽くぶつかってしまった。
「おっと、悪い。大丈夫か?」
「……平気」
薄紅色の髪を女性と目が合った。月の雫のメンバー、リズだ。まずいな、わざとじゃなかったとはいえ、ぶつかってしまった。
「ぶつかって悪かったな! じゃあ俺はそういうことで!」
「待って……」
俺は背中を向けたまま、足を止める。一体なんの用だろうか? 俺がなぜ引き止められたのかを考えているとリズが俺の正面に回ってきた。
「……黒髪」
「え、黒髪がどうかしたのか?」
リズが意味の分からないことをつぶやいた。確かに俺の髪は黒髪だが、それが何かあるのだろうか?
「……ううん。気にしないで」
「そうか? なら俺はこれで」
「待って」
再び呼び止められる。本当になんなんだ? 一体何がしたいんだ?
「なぁ、何もないなら行っても良いか? 俺もやりたいこととかあるからさ」
「……ごめん」
リズの耳がほんの少し垂れ下がる。何かした訳でもないのに、申し訳なくなってしまうな。
「あー、いや。別に怒ってる訳じゃないから。なんか俺に用事でもあったのか?」
「うん、私たちを助けてくれた人を探してる。その人は黒い髪で魔法を使う人だから、とりあえずは黒髪の人を探してる」
「はぁ、さいですか」
まさか、あの時点でまだ誰か意識があったとは。でも、見えたのは髪色だけ。だから黒髪の俺は呼び止められたって訳だな。
「……」
うーん、どうしようか。素直に言うべきか? でも、ここではい俺です、なんて言うのも変だよなぁ。恩着せがましい気がするし。それにもしこれがバレてしまって今のような普通の生活が送れなくなってしまうのは絶対に避けたいしなぁ。
なら、俺がすることは1つだな。
「そうなのか。悪いが俺は心当たりがないな」
「……そう、もし、何か分かったら教えてほしい」
「あぁ、力になれなくて悪いな」
俺は手を振って背中を向ける。これで今度こそ、俺は街巡りをしようとーー
「待って……」
2度あることは3度あるとはよく言ったものだ。本当にそうだったんだから。俺は足を止めてリズの方へ向く。するとリズは俺の方へと歩いてくる。それもさっきよりもっと近い距離だ。今にも体が当たりそうなくらいに近い距離だ。
リズは俺の目をまっすぐ見る。
「まだ何かあるのか?」
「……あなたは私の目を見るんだね」
「ん? それはどういう意味だ?」
その言葉の意味が良く分からない。リズが目を見たから俺もまっすぐと目を見ただけだ。それが何か不味かったのか? だが、目の前の少女は心なしか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか?
「気にしないで。呼び止めてごめん」
リズは俺から離れた。俺は意味が分からず、首を傾げながらリズと分かれた。一体あれはなんだったのだろうか?
▲▲
不思議な人だ。黒髪だからと呼び止めてみたが、彼と話せて良かった。あの人は私の目をずっと見ていた。一度も体の方を見なかった。それは今までにないことでとても新鮮だった。
「……ふふ」
思わず少し笑ってしまう。あのやらしい視線を感じない。いつもは男の人と話す時は多少は警戒するけど今回はあまりしていなかった気がする。それだけでとても気持ちが楽だった。
「あ、あの!」
そんなことを思っていると後ろから声をかけられる。振り返って見るとそこには1人の男がいた。
「……なに?」
「い、いや。大した用事じゃないんだけど。良ければ近くのお店でお話とかできればと思って」
「……そう」
そんなことを言っても視線が私の体に向かっている。あぁ、この人も同じだ。私の体や顔が目的で話しかけているのだろう。そう思うとさっきまでのふわふわとした気分が一瞬で落ち込むのがわかる。
「悪いけど、無理」
「え、あのほんの少しだけでもいいんで!」
「しつこい、無理」
私はもう一度はっきり言ってその場から離れる。さっきの人はいつも見てきた男の人だ。
「はぁ。最悪」
思わずため息が出てしまう。今日はあのふわふわとした気分で帰りたかった。それが全部台無しになってしまった。こんな気分でいるのは嫌だ。
「あれ? リズ?」
「…アリス」
「こんなところでなにしてるの? それになんだか少し元気がないように見えるけど…」
私が落ち込んでいるのが一瞬でバレてしまった。長年一緒にいるせいでお互いのことは大体分かってしまう。
「うん、良いことが起きた後に嫌なことが起きたから」
「僕で良ければ話くらい聞くよ? 嫌なら無理に話さなくても良いけど」
こういう時はアリスはいつも話を聞いてくれる。それだけで心が少し楽になるからとてもありがたい。
「じゃあ、悪いことから。さっき男の人に近くで話さないかって言われた。いつもみたいに私の体を見ながら」
「あー、いつものこととは言っても、確かにそれは気分が良くないね」
「で、次に良いことなんだけど。さっき黒髪の人がいたから話しかけた。そしたら彼はずっと私の目を見て話してくれた」
私はその出来事を思い出す。さっき彼と話してたことを思い出すとふわふわとした気持ちになった。
「え? 本当に?」
「うん。試しに体を近づけて反応を見たけど、それでもずっと目を見てた」
「え……? 体を近づけたってどれくらい?」
どれくらい? そう言えばどれくらいだっただろうか? 反応が見てみたかっただけだからそこまで考えてなかった。
私はその時の光景を思い出しながらアリスに近づく。幸いアリスと彼は身長も似ているから再現は簡単だ。
「たしか、このくらい?」
「え!? こんな距離まで男の人に近づいたの!?」
「うん、これくらいだった気がする」
アリスは目を見開いて驚愕の表情を浮かべる。それほどまでにアリスと私の距離は近い。ほんの少し手を伸ばせば触れてしまうほどに。つまり、彼ともそれほどまでに近い距離にいたと言うことだ。
アリスは私の肩を掴んだ揺さぶってきた。
「本当に大丈夫だった!? 何もされてない!?」
「だ、大丈夫だから。それ、やめて」
「あ、ごめん」
アリスは力も強いから揺さぶられたら結構な衝撃が来る。頭が少しだけ揺れるような感覚だ。
「それにしても、そんな男の人がいるんだね。僕も会って話してみたいな」
「うん、でもあの人の名前とか知らない。冒険者だったのかも分からない」
「そうなんだ。じゃあ、会うのは難しいかも知れないね」
確かにそれはそうだ。でも、なぜかまた会える気がする。確証もないのにそんな確信めいたものがある。
「とりあえず、私たちもどこか行ってみる?」
「うん、そうしよう」
私とアリスは王都を巡った。
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