第6話 夜明け前 ~第六の章~
馬車に揺られて一時間程で到着した音楽行事用の建物は、屋根こそ無いが、数百人は収容出来る大規模な会場で、既に客席の八割以上が埋まっていた。
俺が責任者に案内されて一番見栄えの良い豪華な席に着くと、観衆から大きな拍手と歓声が上がった。俺はそれに対し、精一杯の笑顔を見せて大きくゆっくりと手を振る。何処に行ってもコレだ。後は退屈な催し物が終わるまで、ひたすらアクビを我慢し続けなければいけない。一応、後に控えるソキーラに、俺がウトウトし始めたら遠慮無くつねるように、と伝えてある。
だがこの日は関係者を始め、会場全体が何処となくピリピリしている雰囲気が感じられた。カカーヲナ王子が話していた、例の亜人が不穏な動きを見せている区域の近くに建つ会場なので、全体の警備もかなり物々しい状態だった。
「こんな物騒な場所でやる必要があったのですか?」
俺が怪訝気味に責任者に問うと
「中止案も出ましたが、ここに所縁(ゆかり)のある記念日を祝う意味も込めた行事なので、どうしても開催したいと皆に押し切られまして…」
とひたすら恐縮していた。開催するのは構わないが、わざわざ王族を引きずりだす必要も無いだろう。変な騒ぎに巻き込まれたら面倒な事になるな…、と思いながら舞台上の催し物を見ていたが、大した事件も起こらず事は進み、時間通りに無事に終幕を迎えた。ソキーラにつねられずに済んだ事に安堵しながら、俺は大きい伸びを控え、目立たぬ様に背筋だけを伸ばした後、長い息を吐いた。
俺ら王族用の席は客席の最上段にあるため、建物の出入口からはかなり離れているが、そこに至るまでの通路は一般客用とは別に作られているので、上手く混雑を避けて外に出る事が出来る。出口の側には既に王族用と護衛用の馬車が数台、準備を整えて並んでいた。
従者がうやうやしく階段を用意し、馬車の扉を開け、俺を向かい入れる。俺がその一段目に足を掛けた時、
ズドーン!!
正体不明の爆発音が響き、辺り一面がアッという間に煙に覆われた。
「何事だ ! ? 」
「何者かの奇襲です!早く王子の保護を!」
従者達の怒号や指示が飛び交う中、複数の乱れた足音や人が激しく動く音が入り混じって耳に入って来た。すると、ソキーラの柔らかくも力強い腕が俺を掴み、一気に馬車の中に運び込んだ。
「お怪我はありませんか、王子 ! ? この場の対処は他の者に任せて、取り敢えずここから脱出します!」
そう言うとソキーラは素早い動作で手綱を裁き、勢い良く馬車を発進させた。噴煙と喧騒と混乱の入り乱れる入り口周辺を後にした馬車は、普段の倍以上の早さで安全圏へと爆走した。
「お前、馬車も操られるんだな」
座席から身を乗り出した俺がソキーラに言うと、美しく整った顔立ちに険しさを浮かべながら
「これ位こなせないと王子の側近は務まりません。それより身を出すと危険です。座席の奥に隠れる様にしていて下さい!」
と前方を見たまま返答と指示を返した。
「今のは何だったんだ ! ? 何者かの襲撃だったのか ! ?」
俺が更に尋ねると
「恐らく王子を狙った亜人絡みの一味の仕業であると思われます」
と言って凛々しい美貌に険しさを深めた。場所が場所なだけに気を引き締めてはいたが、この世界に来てまで、寺田屋の時と同じ騒動を経験する事になるとは思いもしなかった。あの時はお龍という勇敢で聡明な女子(おなご)に助けられたが、今回もソキーラの機転で窮地を乗り気った。人生は変わっても俺は心強い女子に助けられるという運命の元に生きている事を実感した。
だが、そんな思いを強引に中断させる強力な衝撃が馬車を襲った。激しい一撃を食らった馬車は大きく道から外れ、横の草むらに突っ込み、これ以上進めなくなった。
「王子、お怪我は ! ? 」
「俺は無事だ。ソキーラこそ大丈夫か?」
「はい、怪我はありません。ご心配頂きありがとうございます…」
二人で手を取り合いながら何とか馬車から出ると
「おっと、そのまま大人しくしてもらいましょうか。無駄に怪我は負わしたくないのでね」
という太々しい声が聞こえた。
目を向けるとおよそ十数人の男女が武器を携え、俺とソキーラを取り囲んでいた。
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