第5話 夜明け前 ~第五の章~
「カカーヲナ王子、私にシゴノリヨンを集める役目を与えてくれませんか?」
我が国チサトーゴを危険な隣国ローソンシレアの侵略から守る為に、是非とも成立させたい大国イメコーベとの軍事同盟。それを実現させる為に必要となる必勝戦術の書物シゴノリヨンだが、目下我が国の各所に散り散りになってしまっている。ローソンシレアが現在内憂外患状態で身動きが取れない隙に乗じて、国内各地に散らばるシゴノリヨンを掻き集め、イメコーベとの軍事同盟に漕ぎ着ける。猶予期間は約一年と見積もられた。
国の運命を左右する重要任務だが、この世界に転生して以来、ずっと煮え切らない生活を続けて来た俺にとって待ちに待った大役だ。俺は勇んでカカーヲナ王子に願い出たが、直ぐに許可は下りなかった。
「さすがに私個人だけでは判断は下せない。国王の承認が必要だ。王族の子息を危険を伴う旅に簡単には出発させる訳には行かないだろう」
国防に鈍感な国王の承認が必要となると、旅の実現度はかなり低くなる可能性がある。戦争行為を放棄したチサトーゴからして見れば、シゴノリヨンは無用の長物に過ぎず、わざわざ王族の一人を遣わして回収する必要も無い、というのが国王の言い分だろう。イメコーベとの軍事同盟の為に必要と言っても、それはあくまでもカカーヲナ王子の提案で、乗り気でない国王視点から見れば、どの道シゴノリヨンの必要性はほぼ0に近いと言ってよい。そもそも本当に必要と考えているなら、国中の役人に命令を飛ばして一斉に回収作業を進めるているだろう。ローソンシレアの動向が気になる俺としては焦りの気持ちもあったが、第七王子の立場では如何ともし難い。
「シゴノリヨンも大事だが、ここに来て一つ厄介な問題が起こっている」俺の懇願を一旦横に置き、カカーヲナ王子は新たな難題を打ち明けた「特定区域の亜人が最近不穏な動きを見せ始めているらしい」
亜人とはこの世界で人間と共存している人外異民族の事だ。各国に渡って様々な種類の亜人が存在し、チサトーゴにも少数だが、幾つかの種族が特定区域という決められた範囲内で生活を送っている。見た目は人間と大差無いが、体内の構造に違いがあり、人間には無い超常能力を身に付けている。人口の比率は人間9:亜人1位の割合で、体制的には一応人間側が支配する形をとっており、亜人側は人間の決めたルールの中で日々を送っている。過去には両者の間で何回か揉め事があり、犠牲者も出したらしいが、その後両者の代表同士で平和的条約が交わされ、現在は特に大きな問題も起きていない、と聞いていた。
「亜人側に今の制度に不満を持っている一派がいて、場合によっては武力行使も有りうる、等と主張しているらしい。人間側の代表、国王か第一王子が向こうの代表と対談して穏便に収めるのが最良の対処法だが、万が一の事も考えて兵力を整えておく必要がある」
かつての両者との争いで亜人の超常能力の犠牲者になった者もいるから、人間側に数的優位があるとは言え、しっかりした対策を取っておくのに越した事はない。
しかし我が国も他国の例に漏れず、様々な内憂外患を抱えていて、端から見ていると実にもどかしい。前世の日本程乱れている訳ではないが、このままではいけないのは充分に察する事が出来る。嗚呼、俺にもっと活躍の場を与えてくれれば、国内外を縦横無尽に駆け回り、必ずやチサトーゴの為に尽くす事を約束出来るのに!
翌日、国内では比較的大きな音楽行事に来賓として出席する為、色々と身仕度を整えている時、俺はソキーラにシゴノリヨンを探す旅を計画している事を打ち明けた。
「お前にも同行をお願いしたいと思っている。一番頼りになるからな」
俺がブラシをかけている最中のソキーラにお願いをかけると、手を止める事無く多少呆れた様な口調で
「カイエル王子は本当に変わられてしまいましたね」と溜め息をついた後、仕方ないな、と言った感じで「私は王子の言われる事に従うだけですから、元々反対するつもりはありません。それに…」
一瞬だけ手を止めた後
「変貌したカイエル王子を知るのに良い機会になるかも知れません。そう考えると少し楽しみの様にさえ感じます」
と意味有り気な笑みを見せた。
「オイオイ、これは重要な任務を遂行する為の旅だ。勘違いするなよ。それに、俺なんかに一々興味を持たれても困る」
俺がそう言うとソキーラは外出用の豪華な上着を俺に着せながら、戒める様に
「カイエル王子、平民ではないのですから、その“俺”呼びは、極力控えて下さい。王族の威厳に関わりますので」
と多少キツめに釘を刺した。
あぁ、またそれか…。京の公家の息苦しそうな生活を、まさか異世界で経験する事になるとは。俺は参ったな、という表情を全開にすると、部屋を出て警備係に誘導されながら、外に用意されている馬車に、従者も務めるソキーラと共に乗り込んだ。
出発した馬車の中で揺られている時、向かう先の会場で物騒な謀略が立てられている事を、俺はその時点で全く予想もしていなかった。
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