第4話 夜明け前 ~第四の章~

「カイエル、お前もローソンシレア国の動きが気になるのか?」

 とある日の会議が終わった後、俺に話し掛けて来たのは第五王子のカカーヲナだった。俺より六つ年上の23才でチサトーゴの国防を任されている。ローソンシレア国とは例の西方の物騒な国の名だ。

「はい。国王が代わって以来、あの国のやる事が気になってなりません」

 俺が答えると、カカーヲナ王子は腕を組み

「私もだ。どうもあの新しい国王は信用出来ない。それ処か危険な匂いさえする」

 と言って難しい顔をした。

 度重なる会議での発言を繰り返した為、父を始め他の兄上達からすっかり厄介者扱いされてしまった俺だが、この第五王子とは何故か気が合い、会話も多くして来た。兄弟の中では武闘家っぽい気質で、武術も積極的に嗜むので、武士上がりの俺と考え方で通じる所があったのだろう。

「国王には何度も進言しているのだがな。平和宣言しているのだから問題無いの一点張りだ。どうも危機感が薄くて困る」

 と言って、困った様に頭を軽く掻いた。そもそも国防という重要事を五番目の王子に任せているという事が、この国の危機感の無さを表している。幸いにもカカーヲナ王子が祖国愛の強い性格だったから助かった様なもので、もしこれが平和ボケを拗らせた人間だったらと思うと、心底ゾッとする。

 そんな周囲の無理解に苦労しながらも、チサトーゴの防衛策を練るカカーヲナ王子が進めるのは、大国との軍事同盟だ。

「東方に隣接するイメコーベ国との同盟を強化すれば、ローソンシレア国もおいそれと我が国に攻め込めない筈だ。幸いあの国の王族とは古くからの親交がある」

 イメコーベ国の兵力はローソンシレア国と同等かそれ以上。上手く行けばチサトーゴの強力な後ろ盾になる。

「ただ向こうとしても無償で助けるつもりは無いだろう。何か見返りを求めて来るのは間違いない」

 チサトーゴと同盟を結んでも、もたらされる恩恵が無いとなると、いくら親交があるとは言え、イメコーベ側も態度を濁すだろう。だかチサトーゴはイメコーベの半分以下の国土しかなく、輸出出来る程の資源も無い。反戦を貫いて来たので、提供出来る軍事技術に至っては、ほぼ無に等しい。そんな状態でイメコーベに同盟を決断させる事は可能なのか?

 カカーヲナ王子によると一つだけ手があるという。

「昔、ビィダイというこの国の武人が、あらゆる戦術を網羅したシゴノリヨンという必勝書をしたためたらしい。今の国王の祖父より更に前の時代だ。平地戦、局所戦、籠城戦、海戦等如何なる場面でも対応出来る戦術の数々が書かれていて、当時は小国であるチサトーゴを連戦連勝させていたと言われている」

 だが今は紛失してしまっている…訳では無さそうだ。

「十年以上前にチサトーゴが平和宣言をして戦争行為を放棄した際、シゴノリヨンは最早不要とされて国からビィダイの子孫に返されたのだが、彼等が他国の工作員や諜報員に盗まれ悪用されない様にバラバラにし、この国の各地に分散させたらしい。戦術書としてはあまりにも完成度が高かったので、思い切った廃棄は出来なかった様だ」

 分散されたシゴノリヨンは、チサトーゴの各地に点在するビィダイが建てた道場の中の蔵にそれぞれ保存されている、と言われているが、細かい事情は不明らしい。

「これを集めて復元させれば、イメコーベに同盟を促す強力な誘い水になる。この書物があれば戦(いくさ)の勝率が驚異的に跳ね上がるから、イメコーベとしても是非手に入れたいだろう」

 だが…。これには大きな問題がある。チサトーゴの国土面積が狭いとは言え、それでも約大小八十程の都市や町、村が存在する。それらを回って、各地に散ったシゴノリヨンを全て回収するのには、おそらく一年では足りないだろう。ローソンシレアが国境に兵力を集めて、いつ侵攻してもおかしくない状態でいる中、そんな時間的余裕があるのだろうか?

 そんな思いを巡らせている中、我が国に追い風が吹いた。ローソンシレアの国王が重度の病に冒され、長期の絶対安静を余儀なくされた、という知らせが飛び込んで来たのだ。更にこれに乗じて隣接する別の大国が、ローソンシレアに対して侵略戦争の準備を始め出し、内憂外患に揺れる国内では、チサトーゴに攻め込んでいる場合ではない、という雰囲気が溢れ始めた。我が国との国境に集結したローソンシレアの軍隊が撤退を開始したのも、そんな噂が出始めた頃だった。

 まさしく天の助け!ローソンシレアの不安定状態がいつまで続くか分からないが、シゴノリヨンを掻き集める機会は今しかない。そして、俺にはこの件に関して思う所があった。

 上記の情報を掴んだ当日、俺はカカーヲナ王子にある相談を申し込んだ。

「兄上、シゴノリヨンを探し集める役目、私に任せて貰えないでしょうか?」

 

 

 

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