第2話 夜明け前 ~第二の章~
この世界の第七王子に生まれ変わって、目を開けて最初に飛び込んで来たのは、仰向けに寝ている俺を覗き込む様にして見つめる老若男女の顔顔顔だった。その人の数約十数人。初見にして理解したのは、日本人の顔は一つも無いという事だった。
別の世界に別人として生まれ変わった、と瞬時に察したが、それを打ち消す様な響めきと驚喜に満ちた歓声が一斉に辺りに響き渡った。
直ぐに間近にいた年配の美女が仰向けの俺にすがり付くと、俺の新しい(この世界での)名前カイエルを連呼して涙を流した。この王子の記憶を受け継いでいるので、それが王妃、つまり俺の新しい母親である事が分かった。その周りの父親(国王)から六人の兄、更に執事からメイドに至るまで、全ての顔と名前もこの時に確認出来た。全員が第七王子の奇跡の蘇生に驚きながら喜びを分かち合い、この上ない愛情の視線を俺に注いでいた。
新しい人生が始まった。
王妃に抱き着かれながら、俺は新たな船出に果てしない希望を抱いた。そう、この時点では。
「王子、早く着替えを済ませて下さい。会議に遅れますよ」
束の間の回想を遮る様に、ソキーラがベッドに寝転がったままの俺を急き立てた。俺は大きく溜め息をつくと、上半身を起こしてから、ゆっくりと床の上に我が身を立たせた。直ぐさまソキーラが櫛、ブラシを駆使して俺の外見を整える。
「今日も発言はお控え目に。あまり国王様や兄上方を困らせない様にして下さいね…」
まるで母親の様に俺の言動に注意を与える。いや、このソキーラという俺の世話係を務める美女が、事実上の母親みたいなモノだ。実の母親─王妃─は常に行事や公務に追われ、会議や三度の食事の時位しか顔を合わせない。他の親族にしても同じ。親兄弟というより、藩政の仕事仲間みたいな雰囲気が漂っている。
何から何まで前世の日本と違っている。それも俺にとって良く無い意味で。やり甲斐と刺激に溢れた黒船来航以降の日本に比べて、何という退屈な環境なのだろう。王族の一人としての俺の主な業務と言えば、この国の地方の行政機関から来る重要度の低い届け出に承認の署名(西洋語でサインと言うらしい)をする事、各地で行われる幾つかの行事に出席し観衆に手を振る事、後は王族会議という国政をつかさどる場に形だけの出席をする事位しかない。
「貴方はいずれ国の大事な任務に就く立場なのですから、今は王や兄上達のやり方を学ぶ様に努めなさい。後は国民の信頼を損ねない様、行事に出席した時は優しさと威厳を保ちなさい」
母─王妃─が口癖の様に俺に言うので、もう空で暗唱出来るまでになった。土佐藩士として生きて来た俺が、四六時中朝廷の公家みたいに振る舞わねばいけないのだから、これ程の苦痛はない。ただ、この世界にも戦は存在し、時に国同士で血を流す事態に発展する事もあるから、王族も護身用に最低限度の武術を身に付ける必要があり、実はその訓練が今の俺にとって束の間の発散の場になっていたりする。江戸で磨いた北辰一刀流の剣術で汗をかくのだが、相手をする家臣らは
「カイエル殿はいつの間にその様な技を ! ? 」
と揃って及び腰になるばかりで、全く張り合いがない。そもそも王子に怪我があっては…と手を抜く連中ばかりなので稽古にすらならない。遠慮無く闘ってくれるのは、練習相手も務めてくれるソキーラだけだ。この世話係は、女性にしておくのが惜しい程の武術と身体能力に長けた猛者なのだが、詳細は後に述べる。
そのソキーラに身を整えて貰った俺は部屋を出ると、赤い絨毯の敷かれた長い通路を歩き、城の奥にある王族専用の会議室の扉を開けた。既に席に着いている国王と六人の兄達が、俺にチラと視線を走らせる。
「また面倒くさいのが来た」
そう言わんばかりの目付きだ。俺は敢えて無視すると、指定席の一番奥の椅子に座り、退屈げに天井に目を向けた。
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