第6話 兎もどき、おまえもか~っ!?
およそ2日の行程で私たちはカルム村に着いた。そこは森の木々に囲まれた、のどかで穏やかな空気が流れる村だった。
「ホントにこんな村に奇怪な生物が現れるんでしょうか?」
噂を聞いたというヨシュアが信じられないというように呟いた。
「うん、まあ取り敢えず宿屋を探そうか。日が暮れる前に寝るところを確保しておきたいからね。宿で何か話を聞けるかもしれないし」
流石年長者の貫禄。ミズキさんの言葉に全員がうなづく。野宿続きでみんなベッドやお風呂が恋しかったのよね。というわけで全員で村を歩き回り、1軒の宿を見つけることができた。
宿の中に入ると可憐な少女が出迎えてくれた。
「あら? お客さん? こんな時期に珍しい……」
「あの、5人泊まりたいんですけど、大丈夫ですか?」
代表して私が尋ねる。交渉とか雑用は従者の仕事だからね。
「えっと……ウチは小さな宿なんで、1人部屋を全員に用意するのは無理なんですけど、大きめの部屋を2部屋ならご用意できますよ」
「あ、じゃあそれでお願いします」
2部屋で男女別にすればいいよね。キャンプじゃ雑魚寝なんだから、最悪大部屋1部屋でも問題ない。
「さっき、『こんな時期に珍しい』と言ってましたがどういうことでしょう?」
ミズキさんがそう尋ねると少女はこう答えた。
「カルム村に大勢の人が訪れるのは夏と冬なんですよ。夏は避暑地として、そして冬はスキー客の集う村として有名なんです」
「今は春先だからお客さんがいないのね」
とお嬢様が続けて言った。確かに……。村を歩き回った時、人の数が少なかったように感じたわ。
「でも、綺麗な花でいっぱいですよね。これを見に訪れる人もいるんじゃ……?」
ヨシュアが尋ねると少女は言葉を濁した。
「この時期はアレが出るので……」
「奇怪な生き物ってヤツか?」
ライトさんの唐突な質問に、少女は脅えたような素振りを見せた。最近分かった事なんだけど、ライトさんのぶっきらぼうな物言いは不器用なだけなんだよね。話すのが嫌いなんじゃなくて、うまく話す言葉が見つからないだけみたい。だから結構自分から話しかけてくる。でも、親しくない人だとこの話し方は怖いみたい。今目の前にいる少女のようにね。
「あ、いや、すまん……」
ちょっと傷ついたような顔をして、ライトさんが謝った。怯えられると傷つく繊細なところもあるのよね、ライトさんには。
「あの、私たちカルム村に奇怪……変な生き物が出て、家畜を襲ってるって聞いたんですけど……」
黙ってしまったライトさんの代わりに私が尋ねると、少女は安心したように話し始めた。
「ご存じでしたか……実は……」
少女の話によると、春先になると奇怪な生き物が数年前から村に現れるようになったらしい。その姿形は兎の顔をした人型であり、森の奥から現れるんだそう。人は襲わないが家畜の鶏を盗んで行くので、村人も困っていて討伐しようとしているらしい。でも大変すばしっこいので、追いかけても逃げられてしまうのだとか。
「最近は家の中にも入ってくるようになってしまって……」
家の中の食料とかも荒らすのだそう。近くの町にある冒険者ギルドにも退治依頼を出したのだが、春先だけということと被害も家畜だけということで受けて貰えなかったらしい。
「私たちで何とかしてみない?」
お嬢様の問いかけに皆が肯く。まあ、その為に来たんだし。依頼があれば断る理由はないよね。
「皆さん冒険者さんでしたか! もし依頼を受けて頂けるのでしたら、村長の所に……」
少女がそう言った途端、宿の中から「ガタンッ!」という音がした。
「あれ? お父さん?」
彼女が音のした部屋の中をのぞき込むと、何かが飛び出して来た。
「なんだ、これは?」
と、ミズキさんが戸惑いの声をあげる。戸惑うのは後にしてっ!
「兎もどき?」
ヨシュアが呟いた。それはアナタの感想でしょっ!
「シーナっ!」
お嬢様が叫んだ。
「これは本当に奇怪な生き物だな」
これはダメだ。不意を打たれて誰も動けない。ライトさんの冷静な言葉を横目に私は全速力で外に駆けだした。
「なんで~っ!?」
兎もどきは一直線に私に迫ってくる。今までの熱き戦いの日々が私の脳裏を過った。
「おまえもか~っ! 何でどいつもこいつも私を追いかけて来るのよ~っ!?」
そう叫びながら、私は仲間たちを置き去りにして村の中を走り始めた。
いや、今更だけど普通逆じゃん……
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