第5話 仕組まれた家出ってどう思う?


 「ひぃ、ひぃ、ひぃ……」

 今日も私は獲物を引き連れて走っていた。


 ヨシュアのパーティー加入によって、私たちの狩りはよりアグレッシブになった。私とお嬢様の怪我の心配がなくなったからだ。厳密に言うと、怪我をしてもすぐに治して貰えるという安心感が私たちを大胆にしたのだ。


 体力が消耗するそばから回復して貰えるので、ほぼ1日中私は走っている。休むのはヨシュアの魔力を回復させる為という、「私ちゃんと人間扱いされてますか?」と心配になるくらいの扱いをされていた。


 お嬢様が心配して

 「シーナ、大丈夫? 私が変わろうか?」

 と言ってくれるけど、私自身走るのは嫌いじゃないし獲物にトドメを刺す方が嫌だ。そんな理由で私は今日も走っている。


 ヨシュアがパーティーに加入した日の夜、私はミズキさんに呼び出された。夜の見張りはミズキさんとライトさんが交代でやってくれているのだが、ミズキさんが見張りの時間に呼ばれたのだ。


 そこで聞いた事は大体私の想像した通りだったのだが、中には驚くような情報もあった。


 まず、ミズキさんが旦那様の命を受けた護衛であること。旦那様が裏から手を回して、表向きは地方の巡視という形でミズキさんを引き抜いたんだそう。


 お嬢様は知らないけど、旦那様と奥様はお嬢様が冒険者になるのを反対していない。むしろ喜んでいる。何故なら2人とも冒険者になりたかったのに夢叶わず挫折したからだ。旦那様は才に恵まれず、奥様は貴族令嬢としての立場ゆえにその道を諦めざるを得なかった。


 だからその夢を、生まれてくる子どもに叶えて貰いたいと2人が考えたのも無理はないだろう。長男は跡継ぎだから無理だとしても、次男以降にその夢を託すつもりだったのだが……


 運命とはままならぬもので、生まれてくる子は全て女の子だった。長女のセレネ様は文系バリバリで、幼少の頃から末は学者か政治家かと言われる程の才女。次女のアルテミス様はアイドル顔負けのルックスで、数多のお茶会やパーティーから引っ張りだこの人気者。他家から見れば羨ましい事この上ないのだが、2人の希望からは程遠い存在だった。


 そんな中生まれたのがディアナお嬢様だった。そしてお嬢様に武の才があると分かると、旦那様と奥様は大変喜んだ。漸く自分たちの夢を叶えてくれる存在が現れたと。この際男の子でないからなんて贅沢は言わない。そうやってお嬢様は剣よ力よと育てられた。蝶よ花よではなく……


 本人の性分にも合っていたのだろう。お嬢様はその期待に難なく応えた。やがて本人も冒険者になりたいという希望を抱くようになり、全てはうまく行くように思えた。しかし、障害となる者が現れたのだ。ディアナお嬢様の妹、四女のルナ様である。



 彼女はお嬢様と歳が近いこともあり、小さい頃からお嬢様にベッタリだった。どこに行くにもお嬢様について回り、四六時中側にいたがるのだ。しかし、彼女には残念ながら武の才はなかった。その為、いずれはお嬢様と道を違えるはずだと周りの者は楽観視していた。

 

 しかしいつまで経っても姉離れをする気配が見えなかった。事ここに至って周りも焦り出す。このままではお嬢様について、冒険者になると言い出しかねない。それはお嬢様の足手まといになるし、ルナ様の命の心配もしなければならず……。困った旦那様と奥様は一計を案じる事にしたのだ。


 「ディアナ、そろそろ貴女も社交界デビューをしても良い年頃よ。これからはちゃんとした貴族令嬢としての嗜みを身につける努力をしなさい」

 

 急に奥方様に呼び出され、このように言われたお嬢様は当然驚いた。なんせこの歳までそんな事を言われた事はなかったし、ずっと剣の道一筋に生きてきたからだ。でも疑う事を知らないお嬢様は、それも修業の一環だろうとそちらの方も努力し始めた。すると今度は旦那様からこう言われたのだ。


 「貴族令嬢に剣は必要ない。これからは剣の修業は一切行わぬよう」


 これには流石のお嬢様も承服しかねた。そして悩んだ末に幼馴染みの私に相談し、シャロン家を出奔することになったのだ。ごめんなさい、お嬢様……


 そう、私は旦那様から密命を受けていた。ルナ様に知られずお嬢様を家から連れ出すようにと。そして冒険者としての道を歩ませ、助力するようにと。ディアナお嬢様にもその話は伏せられた。お嬢様は天真爛漫で裏表のない性格なので、ルナ様に絶対バレると思われたからね。


 こうして私たちは冒険者になった。いや、させられたと言っても良い。ただまぁ、私はともかくお嬢様の希望は叶ったので、問題ないかなとも思う。後は私がこの密命を墓場まで持って行けば済むことだ。


 ミズキさんが教えててくれた情報の中には、本来ならもう2人程護衛が増えるはずだったというものがあった。現状を鑑みて必要ないとの連絡を送ったらしい。確かにこれ以上メンバーが増えても目立つしね。一応お忍びの旅なのだ。主にルナ様からだけど……



 後はメンバーの情報を少し話しておくと、私とお嬢様は17歳。社交界デビューにはリーチがかかっている。これ以上になると参加し辛くなる年齢である。因みに私の生家も男爵家なので、しようと思えばデビュタントは可能だ。


 ミズキさんは26歳。騎士団の中ではそこそこの立ち位置らしい。ま彼も貴族の長男らしいので、ワケありかも知れない。普通跡継ぎに危険な事はさせないはずだから。


 ここからはミズキさんが聞き出した情報なんだけど、ライトさんは22歳。地方の町の出身らしい。年齢より若く見えてしまうのは、性格の問題だろう。その歳でツンデレってのはどうかと思う。私は嫌いじゃないけど。


 「いや、彼はいろいろと事情が複雑みたいでね……」

 その辺は後日明らかにするとのこと。誰にでも知られたくないことはあるだろうけど、こちらの安全の為だ。何かあってから知らなかったでは済まされないからね。


 最後はヨシュアだけど、彼は15歳。この子も年齢より若く……というより幼く見える。ヨシュアの能力が女性にしか効かない原因については、こちらも調査中とのこと。恐らくは彼の家庭環境によるものではないかとミズキさんは推測しているらしいが……


 「そろそろ近くの町か村に行く必要があるわね」

 無事狩りが終了した後、唐突にお嬢様がそう言った。

 「そうだね、そろそろ狩った獲物を売る必要があるね」

 そうよね。マジックバックの容量にも限りがあるし、調味料とかも欲しい。


 「この近くだと……ここだな」

 地図を見ながらライトさんが言った。

 「カルム村ですか……」

 ヨシュアが呟くように言った。

 「何? 何かあるの?」

 私が尋ねると彼はこう説明した。

 「前のパーティーの時に噂を聞いただけなんですけど……。村に奇怪な生き物が現れて、家畜を襲っているらしいんです」


 「もしかしてっ、初クエストの予感っ!?」

 興奮するお嬢様。うん、やっぱりそうなるよね。まぁ、冒険者と言えばクエストするのが生業みたいなもんだし、私も否はないけれど。


 そんな感じで初クエストの予感に期待で胸を膨らませ、私たちはカルム村に向かうことにしたのだった。

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