第7話 ソイツと私、激闘の果てに



 ウサギの全速力は馬より速い。普通であれば私が振り切るのは不可能だ。でも私にも数多の兎と追いかけっこをして、ことごとく勝利してきた経験がある。そう簡単に追いつかれはしない。


 まず、コイツの弱点は体の大きさである。普通の動物ならば、体が大きくなった分ストライドも大きくなり走力も上がるだろう。しかしいかんせんコイツは大きな兎である。走るのではなく跳ねるということは、垂直方向の運動が加わる。つまり大きな体だとより重力の影響を受け、速度が落ちるのだ。


 次に跳ねる時には宙に浮く時間が生じる。空中では方向転換もできないし、体重の増加に伴い大きな慣性が働く。つまり小回りが利かないのだ。


 「ふっ、甘いっ!」

 兎もどきが背後に迫ろうとするところを、私はジグザグに走り追撃を交わす。時には体の向きを入れ替え、方向転換を巧みにしながら兎もどきに追いつかれないよう村の中を走り続けた。


 そして最後の弱点は体の大きさによる燃費の悪さだ。短距離の直線勝負では負けるが、長距離になればなるほど私にとっては有利になる。大体あんな大きな体で飛び跳ねれば、すぐバテるのは目に見えている。兎と亀の昔話では、兎が油断して負けた事になっているが、実はスタミナ不足で休まざるを得なかったというのが正解なのだ。


 そしてスタミナ勝負なら私が絶対有利な理由。それは……


 「シーナさん、こっちですっ!」

 「ヨシュアっ!」

 「癒やせ……ヒールっ!」


 道の傍らに立っていたヨシュアの前を通り過ぎた時、全ての疲労はリセットされた。これなら何時間だって走り続けられる。そう、これがアグレッシブな狩りを可能にするヨシュアの力なのだ。


 これによって私は元気一杯なのに対して、兎もどきは最早ヘロヘロである。そのスピードは最初と比べると見る影もなくなっていた。まだ追ってくる根性だけは大したものだけどね。


 「後はトドメを刺すだけね」

 背後を振り返る余裕さえ出てきた私は、ヨシュアが村外れの方に向かって指さすのを確認した。私はその指の方向に向かって進路をとる。


 そして村外れの大きな木の下を通り過ぎようとしたときの事。

 「せーのっ!」

 お嬢様の声と共に、大きな網が上から降ってきた。網が地面へと落ちる前に私は駆け抜ける事が出来たが、後ろに続く兎もどきは網の中にスッポリと収まった。


 「ナイスタイミング!」

 お嬢様が木から飛び降りながら言った。

 「お疲れ、シーナ」

 ライトさんも言葉少なめだが労いの言葉をかけてくれる。


 「お手柄シーナ。あの状況で咄嗟に動けたのは凄いな」

 ミズキさんが誉めてくれた。頑張った甲斐があったなと我ながら頬が緩む。


 「ホントよね~。私たちもシーナを見習わなくちゃいけないわよね」

 お嬢様が私を抱きしめながら言ってくれた。感無量です、お嬢様……


 「さて、こいつをどうするかだが……」

 網の中でジタバタと藻掻く兎もどきを指差しながらミズキさんが言った。


 「キュイッ!」

 その時突然兎もどきが鳴いた。もう藻掻く元気もないのか、私に向かって哀しそうな視線を送っている。


 「キュイッ キュイッ」

 また鳴いた。視線は私に固定されたままだ。


 「シーナに何か伝えたそうね」

 そう言われましても兎もどきの言葉は分かりませんが?


 仕方がないので私は用心しながら網の中の兎もどきに近づいた。すると兎もどきは私のつま先に鼻を擦り付けてきた。何これ、この可愛い生き物……


 「シーナさん、ご無事ですか?」

 突然背後からヨシュアの声がかかった。

 「ありがとう。ヨシュアのお陰でピンピンしてるわ」

 私がそう言うと、ヨシュアの更に後ろから声がした。


 「凄いわ、ナイトラビットを生け捕りにするなんて」

 ヨシュアと一緒に来たのだろう。宿屋の少女も一緒にいる。周りを見回すと大捕物を見に来た村人たちに、いつの間にか取り囲まれていた。まあ、あれだけ村の中を走り回れば当然か……


 「ナイト……ラビット?」

 「はい、普段は夜に現れるので村ではそう呼ばれています。今回のように昼間に現れるのは稀ですね」


 そっか、兎は視力は悪いけど夜目は利くんだっけ……


 「捕獲したのはいいが……」

 ライトさんの言葉に

 「殺しちゃうのは忍びないような気がするわね」

 お嬢様が続ける。


 「かと言って逃がすわけにも……」

 私がそう言うとヨシュアが言った。

 「シーナさん、この子の頭を触ってみてください」

 ん? 何で? 確かに懐かれてるような気がしないでもないけど……


 「以前のパーティーにいるときに、たまたまテイマーの冒険者と出会うことがあって……」

 ヨシュアの話では、その冒険者が魔物をテイムする瞬間に立ち会ったそうで、その時の状況と似ているらしい。


 「うーん、私にテイマーの能力はないと思うんだけど……」

 「今まで気づかずにいただけかも知れませんよ?」


 ヨシュアが強く言うので、私はおっかなびっくりしながら兎もどきの頭に手を伸ばした。兎もどき……ナイトラビットは大人しくしている。


 「え……」

 ナイトラビットの頭に触れた瞬間。

 『なまえ……』

 心の中に言葉が浮かんだ。私は驚いてナイトラビットの頭から手を離した。

 「シーナ、どうしたの?」

 お嬢様が不思議そうに尋ねた。


 私が今感じたことをそのまま話すと、ヨシュアが興奮気味に言った。

 「それ、テイムできるって事ですよ!」

 「ええっ? ど、どうすれば良いの? 『なまえ』って私が名のればいいの?」

 「名前を要求されたんですよね? 名前をつけて欲しいという意味だと思います」


 そう言えば聞いたことがあるような。テイムするときには名前をつけるって。

 「名前、名前かぁ……」

 ウサギだから『うさぴょん』とか? 流石に年齢層低すぎか。『ラビ』とかは兎人にいそうだし、うーん、意外と難しいな……


 「あの……」

 ヨシュアと並んで立っていた宿屋の少女が、意を決したように声を発した。

 

 え、やっぱり殺せって言うの……? そりゃ被害受けたのは村人たちだし、気持ちは分からないでもないけどさ。こう懐かれちゃうと私としても心が痛いんだけど……


 「ラパンはどうでしょうか?」

 「はい?」

 「ここ、フランカス地方でウサギという意味なんですが」

 えっと……討伐しなくても良いの?


 周りの村人をさり気なく見回すと、皆一様にウンウンと肯いている。パーティーメンバーもOKサインを出してくれていた。優しい世界がそこにあった。

 

 「じゃあ……」

 私は再び手を伸ばし、ナイトラビットの頭に置いた。

 「ラパン……アナタの名前はラパンよ」

 そう私が言うと、ラパンは嬉しそうに瞬きし、

 「キュイッ、キュイッ、キュイーッ!」

 と三回鳴いた。


 こうして私たちのパーティーは5人と1匹になったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る