第3話 去った思い出

「ぅ、ぅ…………こ、こは?」


 目が覚めると、俺は暗い空間に居た。

 死んだのか。そう思ったがこの空間、どうやら俺以外にも先客がいたらしい。


 暗闇に目が慣れ、そして映し出される。

 ボロボロの衣服を纏いつつも朽ち果てた骸骨。

 それも一つが二つではない。


「そうか……」


 理解した。ここはあのトラップの行きつく先だ。

 引っかかった人間は最終的にこの空間に送られ閉じ込められ、そして餓死するんだろう。


 ダメだ、体に力が入らない。


 今も俺の足からは血が流れ、餓死の前に出血で死にかねない。

 ……いや、もうここで餓死する方がマシなのかもしれないな。


 裏切り。


 俺は裏切られたんだな。


 ぼんやりとしてくる意識にあらがう事もせず、俺は力を抜いて瞼を閉ざす。

 何故? 考えても分からない。

 これが夢だったらよかったのに、なんて思いながら……。


 その瞬間だ。


 俺の倒れている地面、より正確に言うならば足先から光が粒となってあふれ出した。


(一体……?)


 よく見ると、俺の足から流れた血が地面に触れ、そこから粒子が生まれていた。

 この現象には何の覚えもない。これでもそれなりに色んな経験をしたはずなんだが……。


 薄ぼんやりとした脳の働きは、それでも光が広がりを捉え、それがやがて宙に集まっていく様を認識していた。


 集まった粒子はやがて何かを形作り、それが手のひら台の大きさの物体に姿を変えると、地面にうなだれた俺の手の中へとぼとっと落ちて来た。


 これは……ペンダント?


 首から下げるアクセサリーの形をしたその物体は、こんな死者の掃き溜めには似つかわしくもない。

 だが、これが店に売ってるような物ではない事くらいわかる。

 ダンジョンの奥にそんな物がある理由がない。それも、こんな異常現象を伴いながらなど。


「アイテム、か。今更こんな……」


 もう死体も目前の俺がこんなものを手にしたところで、何をすればいいのか……。


 ……だが。


「これが、物凄い力のあるアイテムってなら……。そして俺にっ、まだ力が残っていたら……!」


 意味の無い仮定なのは理解している。でも、”もし”があったなら。


「あいつら……あいつらをっ……! 同じような目にしてやりたい!」


 一度口に出したなら、後悔が沸いて来る。

 そうだ! もしチャンスがあるなら、あの四人……っ。



 ――復讐したい――



 この次から次に滲み出す恨みのままにッ!!


 俺は途方も無い悔しさでそのペンダントを握り締めた。

 その瞬間、ペンダントは眩い光を放つ。



 …………っ。



 気付いた時、俺は洞窟の外に立っていた。

 当たりはもう日が落ちて、もうすぐ夜になる。


「夢でも見ていたのか……」


 いや、夢じゃない。

 体を見下ろす目に映るくたびれた服装。土に塗れ、血が滲み、浮浪者よりもみすぼらしくなった格好。傷だらけの皮膚が痛みを訴えていた。


 そして何より――。


「……っ!」


 いつの間にか首元に下がっていたペンダントを握りしめる。

 何よりこいつの存在が、無様な現実を俺に教えてくれる。


 怒りを認めると、握りしめたペンダントが手の中から消える。


 何よりも――。


 胸から降ろした拳を静かに握りしめる。

 その拳を、恨みが形となって黒く包み込む。


 堕ちる夕日に照らされて、なおの事の暗い光沢を放つそれは手甲。


『さすがはサーライルさん、頼りになります!』


『キミみたいのなのがいると、心配せずに背中を任せられるよ』


『なぁ……私達、そう悪くない関係を築けるんじゃないか?』


『一緒に冒険をしませんか? よく知ってる君だからこそ、誰より頼りに出来るんです』


(――俺に復讐しろと囁いてくる……!)


 華やかに浮かぶ思い出と共に目元から流れる一筋の涙が、今生での最後の涙と悟るのに一瞬の時間も掛からなかった。

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