第2話 例えばこんなことを考える


 それからも、渚の勧めは何度かあり、時が流れるにつれ、その次の年の祭りの時期の話をしてくれる。

「どう? 今年のお祭りは来てみる? 今年は台風が近づいているみたいだけど」

 そんな彼女のシンプルなチャットの文章を何度も読み返す。

 行ったところでどうなるだろうと考える。

 友人である渚とは合流できたとしても、それ以外の人は初対面だし、気を遣わせる。そもそも初対面で、どこに住んでいる? とかいうテンプレの会話をするのはぎこちなくて苦手だし、どんなことをしている人? なんて問いが出たら最悪だ。絵も立体作品も、歌も踊りも何もできない俺がその場にいることに、果たして何の意味があるのか。

 そう、何の意味もない。別にああいう世界に触れようと触れなかろうと人生にさほど影響はないし、そもそも交通費も時間もかかる。だから彼女には悪いが「多分行かない、台風も怖いしな」とシンプルに返す。彼女も特に引き留めることもなく「わかった」と返してきた。


 そこからスマホで、現在地の週間天気を確認する。

 今週末は晴れそうだとか、雨が降りそうだとか、そんなことを確認した後、気づけば俺は、長野県の週間天気も見ていた。

 その週の金曜日の降水確率は四十パーセント。土曜日は六十パーセント。日曜日は三十パーセント。台風が近づいているというのに、控えめな降水確率だ。たしか、今回の台風の進路は気まぐれで、毎日進路は変わっているらしい。過去最大だなんて言いながら、拍子抜けである。

 ちなみに、この確認を俺は、今週に入って多分、二百回以上している。

 別に参加するわけじゃないのに。

 

 例えばこんなことを考える。

 台風が長野県に直撃して、大雨が降って会場が雨風にさらされてしまったら。

 あの祭りに、もともと行かなくてよかったんだ。渚に送ったメッセージの通りじゃないか、と思ってしまうのかもしれない。

 ただ、気づけば俺は次の日も天気予報を確認した。

そして、長野の降水確率は下がっていた。少しほっとした自分がいた。

家のソファで寝転びながら、だらだらとスマホをいじる。

SNSを一通り見終わった後、グーグルマップをふと開き、現地までの道のりをまた確認する。何度やっても距離が縮まることはない。というかこんなことは何度となく調べているし、そもそも別に参加するわけじゃないのに、会場へのルートばかり気にしてしまう。電車の乗り継ぎならこういうルート。夜行バスならこういうルート、といった具合だ。


 そんな自分が嫌になり、スマホをソファに放り投げ、テレビをつける。ただそれでも、テレビをユーチューブにつないでしまい、芸術祭の動画がおすすめに出てしまうため、またもそれを再生する。もう多分俺だけでこの動画の再生回数は百回程プラスになっているだろう。

動画、か。

 

 例えばこんなことを考える。

 過ごし方の一つとして、動画撮影という選択肢はどうだろうか。

 全然祭りに行くなんてこと、一言も言っていないのに、当日の早朝に、自分が車で来たとして、誰にも気づかれないように遠くから動画を撮るのである。

祭の期間は三日間。そして、撮り切ったあと、ひょっこりと俺は姿を現し、あたかも最初からいた実行委員のような顔で「今回の祭りもすごかったっすねー」なんて具合に、近くの人たちに声をかける。

 驚きの声や、ドン引きする声、怯える声が上がるだろう。渚くらいは喜ぶ声をあげてくれるかもしれない。最近スマホの動画の質も上がっているし、フリーターである俺には時間だけはたくさんあるから、編集も短時間で終えて、動画をアップロードし、世界中から再生され、テレビくらいで特集されたら、少しは俺という人間の知名度も上がるだろう。

ただ実際のところ会場までの距離はネックである。八時間ぶっ通しで車を運転できる自信がないし、電車や夜行バスも上手に乗り継げるか自信がない。

 それに、三日間過ごすなら、泊まる必要性も出て来る。なら、かなりの大荷物を準備しなければいけないし、毛布が必要な人の時の点呼の時に誰だこいつとなってしまう。その時多分気まずくなるから、この案は却下だ。

 動画を見ていると、縄文人のような風格の中年男性が、必死に神輿のようなものを引っ張っていた。いや、たしか神輿じゃない。渚が山車と言っていた。

 俺が撮影で乱入するなら、絵面的に面白いのはこの山車引きの時かもしれない。

 えっほ、えっほと激しく引いているときに、カメラマンがきっと正面に回って写真やら動画を撮っている。そんな時に、怪しい唐傘やら忍者っぽい服やらを着た俺が、颯爽と現れ、撮っていく。結局正体を明かさないまま、あの忍者は誰だったんだろうなんて話になる。

 ただ実際のところ、そんな変装をしたところで、こんなひょろひょろの体型じゃ恰好はつかないし、渚にすぐにばれる。俺の身長は百七十センチそこそこある上に、体のイメージは五歳くらいなのだ。


 この、俺五歳児仮説はかなり厄介だ。

 どれくらい厄介かというと、日常生活において体をいたるところにぶつけやすかったり、何かを持ったり、運ぶとき、力のイメージが五歳児のままのため、壊してしまった物の数は計り知れない。だから自分が身軽で小さなつもりでも、結局身長百七十越えの男がのそのそ出てきたら、かなり不気味なのだ。

それに大前提として、俺の撮った動画が質のいいものになるかどうかの自信がない。

 そんなことを考えながら、ふと、祭りの公式サイトをスマホで気づけば見てしまう。過去の写真の中でおにぎりを握っているものがあり、ボランティア募集と公式に募っている投稿があった。


 例えばこんなことを考える。

「了解です! 俺行きます!」

 なんてことをコメントで当日に打ち込んだとしたらどうだろう。そして、俺はこの時、実は会場のすぐ近くに車で待機しており目にもとまらぬ早さでおにぎりを握れば、そこそこの戦力になるかもしれない。絵も作品作りも歌も踊りも撮影もだめならば、おにぎりという選択肢は悪くないかもしれない。

 ただ、実際のところ、俺はおにぎりを握るのが絶望的にへたくそである。形もきっといびつになるし、塩加減も間違える。まあ初対面である俺のおにぎりのクオリティに対しては、愛想笑いで誤魔化してくれるかもしれないが、その優しさが辛い。

 そうなったら、こういうのはどうだろうか。

 目の前に願いをかなえてくれる魔人が現れるとしよう。

魔人でなくても、願いをかなえられるスズメバチでもいい。

中学校二年の時、確か宿泊自然学習のような時間で俺のズボンに、スズメバチが止まってきたことを思い出す。何かしらの手段でつぶすことも考えたが、失敗したら刺され、自分渚フィラキシーショックで大変なことになる。

声を上げないまま手を上げ、先生は半紙でそのスズメバチをズボンから無事に除去してもらえたのだ。


 となると、あのハチが命を奪わないと判断した俺のところに、恩返しに来るというのはどうだろうか。

そして、そのハチが三つの願いをかなえてくれる、という展開になれば熱い。(いやまあ冷静に考えれば、その先生のところにスズメバチが来て、願いをかなえる流れの方が自然なのだが)

 そこでこんなことを考える。

 こんな力をスズメバチに願ったらどうだろうか。

 まずは、自分の体を透明にすることだ。

 そんな力を手に入れたら、祭りの場で何をやっても気づかれない。

 ただ、自己表現的な何かをする選択肢が思いつかない中、そこで先ほど考えた動画撮影のことを思い出す。

透明化が実現されれば、かなり質の高い動画撮影ができる。なぜなら、被写体に遠慮なく近づけるのだ。邪魔にはなるまい。

 ただ、それだけではまだだめだ。こんなに、うじうじ考えているこの今日は、すでに祭りの開催日の最終日なのである。

だが、願いを叶えるスズメバチの力があれば心配はいらない。

時間と空間を移動する能力が、二つ目と三つ目の願いである。

そんな力さえ手に入れれば、祭りの初日に戻って、体を透明にしたまま撮影も可能だ。いや、そもそも祭りの準備段階のところから撮影ができるため、会場すべての作品の制作現場を誰にも姿を見られることなく撮ることができる。

 ただ、そんなことをしてしまえば、結局のところスマホの容量も限界が来てしまうし、編集には膨大な時間がかかる。いや、それでこそ時間移動だ。

時間移動を何度も繰り返しながら編集をすれば、好きな時間に動画を完成させられる。

 そして、祭りの終了直後、「みなさんおつかれさまでした」だなんて的なつぶやきと共に。アップロードした動画のリンクをSNSで貼ることができる。渚には個別でメッセージを送ってもいい。

 どんなリアクションになるだろうかと妄想したままにやにやしていたところで、いつの間にか日付を超えていた。

 時々SNSで芸術祭の公式アカウントの投稿を見て、誰かが何かを言っているのを読んでしまう。行きたかったですーなんて言ったら、公式さんは反応してくれるだろうか。それとも、特に反応されないだろうか。こんな余計なことばかりを考えてしまうのなら、最初から見なければいいのにと思ったりもする。だけどきっと何か自分にとって何か大切な情報が来るかもしれないという、謎の思いで結局のところ同じことを何回も繰り返す。

 馬鹿じゃねえのかなと自分でも思う。

 気晴らしにクリアしたゲームの二週目をしてみた。ステータスを引き継いだ、最強のキャラクターで、序盤なんてなんのその。どんどこ敵を殴り倒していく。すっきりして、少しだけ祭りのことを忘れられた。


 気が付いたら朝が来ていて、コントローラーを持ったまま意識を失っていた。

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例えばこんなことを考える ろくなみの @rokunami

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