第2話
無機質な壁が続く廊下を私たちは静かに歩く。話し合いの場に赴く前に確認しておきたいことがある私は目の前を歩くアレンに問いかける。
「アレンさん、今回の依頼人について、教えてもらってもいいですか?」
「はい、今回の依頼人は、ブライト伯爵家、現当主、ラス・ブライト様です」
「……へぇ、それは珍しいですね」
アレンの言葉に、私含め、『星獄幻狼』のメンバーは少しだけ驚いた顔をする。
ラス・ブライト
武門、ブライト伯爵家の当主を務める男。強力な「異能」を持っており、国内でもトップクラスの実力を有している。また、「異能者」の育成にも長けており、ブライト伯爵家に連なる者たちを直々に指導し、その多くを王国騎士団に入団できるほどの実力にまで実績を持つ。
しかし、私たちが驚いたのには、別の理由がある。それを億劫に感じていると、
「皆様、到着しました」
アレンが、応接室、と書かれた部屋の前で立ち止まる。そしてアレンさんが軽く扉をノックする。
「ミラン様、『星獄幻狼』の皆様をお連れしました」
『入ってくれ』
アレンの言葉に、扉の向こう側にいる人物は私たちを部屋の中に入れるよう伝える。
「皆様、どうぞ」
「ん、お邪魔します」
そう言い、私は部屋の中へと足を踏み入れる。メンバーも軽く挨拶をしながら、次々と部屋に入っていく。部屋の中央には机、そして、それを挟む形でソファーが置かれており奥には大量の書類が積まれた机があった。部屋に入った私たちを迎え入れたのは二人。その内の一人はソファーに腰掛けており、私たちを見ると、憎悪の感情を一切隠さずに舌打ちをする。
「罪人風情がこの私を五分も待たせるとは生意気だな」
そう言い放つ者こそ今回の依頼人、ブライト伯爵家当主、ラス・ブライトである。彼は貴族主義者で、平民、特に犯罪者を嫌うことで有名であった。今、彼が見せた私たちへの態度が何よりの証拠だ。
「あなたが私たちに「依頼」した、と聞いたときは驚きましたよ」
だからこそ、アレンから今回の依頼人がラス・ブライトと聞いたとき、私たちは驚いたのだ。私が正直な思いを口にすると、
「ふんっ、暇なお前たちを使ってやろうと思っただけだ」
彼は鼻を鳴らしながらそう言った。すると、彼のそんな態度を見かねてか部屋にいたもう一人が声をかける。
「ブライト伯爵、あまり彼らに悪態をつかないでください、私が殺されてしまいます」
そう言い、苦笑いをしながらこちらへと歩いてくるのは、この「奈落」の最高責任者にして、私たち『星獄幻狼』の雇い主、ミラン・フォード。
たった一人で「奈落」の警備システムを管理できるほどの才を持つ、私たちとは別の意味で『怪物』である。
「ささ、皆、座って」
彼女がそう促すので、私とメンバーの中で最年少の双子、合わせて三人がブライト伯爵の向かい側にあるソファーに腰掛け、残りの三人は私たちの後ろに立つ。
「皆様、紅茶を入れたのでよろしければどうぞ」
「ありがとうございます」
アレンが出してくれた紅茶を口にしていると、ミランが今回の「依頼」についての説明を始めた。
「今回、ラス・ブライト伯爵から君たち、『星獄幻狼』へ「依頼」したのは、レディアン王立学園中等部三年のフィリップという生徒の『護衛』だ」
「え、護衛、ですか?」
暗殺だと思い込んでいた私は思わず聞き返す。私たちにこれまで持ち込まれた「依頼」は、どれも『殺し』だった。しかし、今回は『護衛』ときた。
家名がないことから、おそらく平民だろう。ブライト伯爵がわざわざ平民の護衛を頼む理由がない。
「ブライト伯爵、一つお聞きしたいのですが、なぜ、我々に依頼したのですか?」
私たちの力は誰かを「守ること」より、「殺すこと」に向いている。『護衛』の依頼ならば、王国騎士団辺りにでもすればいいはずだ。
「ブライト伯爵、よろしいですか?」
「ふんっ、好きにしろ」
すると、ブライトから許可を貰ったミランが説明を始める。
「実はね、このフィリップという生徒は、ブライト伯爵のご子息、それも平民との女性に出来た、所謂、隠し子というやつだ」
「ッ!それはまた、驚きですね……」
そう言いながら彼の方を見ると、苦虫を嚙みつぶしたような顔をしていた。その表情から察するに、余程、隠したい過去なのだろう。
「でも、それがなんで、フィリップってやつを護衛する理由になるんだ?」
すると、後ろで立っていたメンバーの一人が問いかける。
「少し、いや、かなり面倒な事情があってね。ここ最近、フィリップの周りで何度も事件が起きているんだ」
「事件?」
「うん、まだ調べきれてはいないんだけど、建設のために積み上げられていた木材が落ちてきたり、通学中に暴れた馬に襲われたり、とかかな」
「んー、事件というよりは事故じゃありませんか?」
「私もそう思っていたんだけど、事故、と片付けるには、不自然過ぎてね」
そう言い、ミランが机にいくつかの資料が置く。
「これは、さっき言っていたやつの報告書?」
資料には、ミランが口にした事件について記されており、私たちはそれに目を通す。
「……確かに、不自然ですね」
それが、私が報告書を読んだ第一印象だった。例えば、木材が落ちたという事件。報告書によると、木材をまとめていたロープが切れたことで起きたようだが、偶然でロープが切れるとは思えない。他の事件も同様に不自然な点が見られる。
「そ、ブライト伯爵もそう考えたから、君たちに依頼したんだよ」
「私が動けば、必ず別の貴族が目をつけてくるため、こうして貴様らを頼ってやるのだ。感謝するがいい」
『……』
ブライト伯爵の上からな物言いを聞き流しながら、私は席を立ち、ミランに近づく。
(ねぇ、ミラン。私たち、「依頼」を受けたくないんだけど)
(無茶言わないでください。依頼を受けなかった結果、ブライト伯爵の癇癪を買いでもしたら、私の首が余裕で飛んでしまいますよ)
そして、耳元で依頼を拒否したい、と伝えるも、ミランは顔を青ざめながら、拒絶の意志を示す。
(やりたくない気持ちは分かるけど、今回は君たち、というか君にメリットがあるよ)
(メリット?)
(期限は、フィリップが卒業するまで。その間、君たちは、ただ「依頼」をこなしてくれればいい)
(いつものことでしょ?)
(いや、いつも通り住む場所をこちらで用意するんだけど、今回に限り、そこで暮らすよう命令はしないつもりだよ)
(ッ!つまり……!)
(そ、君が妹のいる孤児院の近くに住んでも、私は一切口出しをしないし、君が毎日妹に会いに行っても咎めるつもりはないよ)
(……分かった。約束を守ってくれるなら、私は「依頼」を引き受けます)
そう言い、私は席に戻り、それを確認したミランが口を開く。
「さて、ここまでで何か聞きたいことはあるかな?」
「一つ、尋ねておくことがある」
すると、ブライト伯爵が変わらず悪意がこもった眼差しでこちらを見る。
「何でしょうか?」
「この「依頼」は決して失敗してはならないものだ。貴様ら、犯罪者は失敗しない、と断言できるほどの実力を有しているのか?」
「はい、私たちの実力はブライト伯爵のご期待に沿える、と自負しております」
私が自信をもってそう答えると、
「ふんっ、その自信が偽りでなければいいな」
そう言いながら、ブライト伯爵は席から立ちあがると、そのまま扉へと歩いていく。
「ブライト伯爵、どこへ?」
怪訝に思ったミランが問いかけると、
「これ以上、貴様らと同じ空間にいたくないのでな、私は帰らせてもらう」
こちらへ「依頼」している立場にも関わらず、一方的な理由で帰ると言った。
「……分かりました。アレン、ブライト伯爵を外まで送り届けてくれ」
「かしこまりました」
ミランは呆れながら、アレンに外まで送らせるよう伝え、ブライト伯爵が先ほどまで座っていたソファーに腰掛ける。
「ごめんね、皆。一応貴族だから、私も簡単には逆らえなくてね」
ミランがそう言い、頭を下げる。
「いや、ミランは悪くないよ。それよりも「依頼」について、もう少し話しておかない?」
依頼人が帰ったので私は砕けた口調に戻しながら話しかける。
「んー、そう言われても、これ以上、私から話せることはないんだよね」
「そうなの?」
「うん、だから、ここからは細かい作戦を決めていきたいんだけど、大丈夫かい?」
私たちが頷いたのを確認したミランは、立案を始める。
「さて、まずは久しぶりの「依頼」だから、一度、君たちの情報を整理しようか」
そう言い、ミランが端末を操作して、スクリーンに私たちの情報を映し出した。
―――――――――
『星獄幻狼』
シエル 「異能:鋼」 リーダー
グエン 「異能:炎」
クラ 「異能:風」
コロ 「異能:風」
フラン 「異能:土」
レイ 「異能:氷」
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