大罪の英雄

苔虫

第1話


「異能」


 何もないところから火や水を生み出したり、空を飛んだり、といった不思議な力を総称して、人々はそう呼んでいる。誰もが生まれながらに有する「異能」、人々はそれを生活や仕事に活用しながら、穏やかな日々を過ごしている。


 しかし、中にはその力を悪用する者たちも存在しており、各国は協力して、そのような者たちを取り締まる組織、そして、収監しておく監獄を作り上げた。罪人が収監される監獄は、罪人が所持する「異能」の危険度から、五つのステージに分かれている。



・ステージ1 町を崩壊させる危険のある「異能」

・ステージ2 都市を崩壊させる危険のある「異能」

・ステージ3 一つの国を滅ぼす危険のある「異能」

・ステージ4 複数の国を滅ぼす危険のある「異能」

・ステージ5 世界を滅ぼす危険のある「異能」



 多くの罪人は、ステージ1か2に収監され、時たま、ステージ3に収監される者がいるが、ステージ4に収監される者が現れるのは数十年に一度、ステージ5に関しては存在するだけで、収監されている者はいない、とまで言われている。



 しかし、数年前、ステージ4監獄『奈落』に、六人の罪人が同時に収監された。



 コツンコツン、と鋼鉄で出来た廊下に足音が響く。


 武装した職員が、廊下の端にある扉に到着すると、ポケットからカードキーを取り出し、扉の横に備え付けられた電子盤にかざす。そして、十桁のパスワードを入力すると、扉がゆっくりと、音を立てながら開く。


 職員が扉の奥へと足を運ぶと、同じ格好をした同僚達が、楽しく談笑していた。中には昼間だというのに酒を飲んでいる者もいる。



「お前ら、一応、『彼女たち』の監視を任せられているんだから、酒は控えろよ……」


 帰ってきた職員は呆れながら、空いていた椅子に座る。


「そうは言っても、俺達が監視なんてしなくても、機械で十分だろ」

「そうだそうだ。俺達が真面目にやる必要なんてないんだよ」

「はぁ……」


 職員は呆れながら、『彼女たち』のいる方へと視線を向ける。強化ガラスで出来た壁の向こうでは、六人の男女がテーブルを囲み、楽しそうに過ごしている。職員が端末を操作し、彼女たちの情報を映し出す。



犯罪組織『星獄幻狼』


 五年前にレディアン王国に、突如として現れた謎の犯罪組織。活動期間はわずか一年であるが、その間に起こした事件は百を優に超え、その全てが、レディアン王国貴族の殺害であった。これ以上、野放しにすると、さらに多くの貴族が殺される危険があると判断した王国は組織の壊滅を騎士団に命じた。

 長い調査の末、騎士団は『星獄幻狼』のアジトを見つけ出し、全騎士団員による襲撃を仕掛けた。しかし、組織の構成員は、突然の事態にも関わらず、規格外の異能をもってすぐに迎撃し、結果、騎士団は構成員を全員捕まえることができたが、全体の九割が負傷という甚大な被害を受けた。

 そして、『星獄幻狼』の構成員は、目の前にいる、わずか六人だけであった、という現実は騎士団のみならず多くの王国貴族を驚愕させた。



 たった六人で百を超える貴族を殺し、騎士団を壊滅寸前まで追い込んだ。あまりに現実味のない現実に誰もが恐怖を覚えた。死刑制度のない王国では、彼女たちを終身刑にすることが確定したが、問題は、彼女たちをどこに収監するか、だった。

 当時、王国に存在する監獄はステージ3までしかなく、彼女たちを収監しておくには不十分だと考え、王国は新たにステージ4の監獄を作り上げた。



 その監獄の名が『奈落』



 王国の地下深くに作られた、新たなステージ4監獄。百を超える武門で名を上げる貴族やその子供が職員として常駐し、最新鋭の警備システムとあわせて二十四時間厳戒態勢を敷いている。


 収監される罪人には、大広間と一人部屋が用意されており、月に一度の外出も許されている。本来、収監された罪人は、監獄内で労働するのだが、「奈落」に収監されたのは正真正銘の『怪物』たち。彼女たちを人間が御せるわけもなく、こうして、破格の待遇をしているのだ。



 端末で一通りの情報を確認し終えた職員は、彼女たちに声をかける。


「全員、体調に異常はないか?」


 職員が声をかけたことで、全員がこっちを向き、各々の健康状態を伝える。


「俺はめちゃくちゃ元気だぜ!」

「私達も!」

「お、お姉ちゃん、声が大きいって……!」

「私も大丈夫ですよ」

「僕も異常なし、です」

「ん、問題なし」


 一人一人の記録を終えた職員は端末をしまい、彼女たちとの会話を続ける。


「今日は月に一度の外出日だが、何かする予定はあるのか?」

「妹に会いに行く」


 職員が話題の一つとして何気なく尋ねると、一人の少女が即答する。顔に少しの喜色を浮かべながら話す姿に、入ったばかりの新人は驚いているようだが、慣れている職員はさも当然、といわんばかりに肩をすくめる。


「しかし、お前がこんな時間までここにいるなんて珍しいな」


 そう言いながら、職員は腕時計を確認する。時刻は十二時、本来であれば、彼女は朝早くから妹のいる教会に足を運んでいるはずなのに、今日はまだここにいる。職員が少しだけ意外そうに話すと、


「今日は呼び出しがあったからね。それが終わり次第、すぐに妹に会いに行くよ」

「呼び出し、ってことは……」

「ん、どうせ「依頼」だよ」


 この監獄内で、破格の待遇を受ける『怪物』たち。彼女たちが持つ力は強大で、仮に使われでもすれば、多くの人を恐怖に落とし入れるのは間違いない。

 ならば、その力を利用することは出来ないのか、と愚かな考えを持つ者達が現れた。誰も対抗することの出来ない力ならば、多額の金と引き換えに自分たちの願いそれも裏の世界でしか叶えることができない願いを「依頼」として叶えてもらおうと提案したのだが、多くの有力貴族が反対したことによって、その案はなくなった。


 しかし、この「奈落」では、その案が採用され、時々、彼女たちのもとに「依頼」が持ち込まれている。

 そして、そのほとんどが『暗殺』の「依頼」であり、彼女たちはその全てを成功させてきた。昔のように、証拠を残すこともなく、完璧に「依頼」をこなすため、存在を知っているのも極一部のみ。


 その情報を思い出しながら職員が黙っていると、扉の開く音が部屋に響いた。音のする方を見ると、白い髭を生やした執事が立っていた。


「皆さま、ご無沙汰しております」


 そう言いながら、執事は軽く頭を下げる。


「お久しぶりです、アレンさん。ここにいらしたという事は依頼人が到着したんですか?」

「はい、話し合いの場がご用意できたので、皆さまのお迎えに参りました」


 執事に確認を終えた彼女たちは立ち上がり、ガラスの壁に近づく。執事も近づき、カードキーをガラスにかざすと、ガラスの壁の一部が動き、大広間からこちらに通ずる道が現れた。彼女たちはそこから出て、先導する執事の後をついていき、部屋を出ていった。



「今回も誰かが暗殺を依頼するんですかね?」


 その様子を職員が黙って見ていると、新人が小声で尋ねてきた。


「さぁな、俺達は「依頼」を受けている、という事しか知らないからな。暗殺、とは限らないから考えても無駄だろ」


 そう言いながら、職員は彼女たちと同じように部屋から出ようとする。


「あれ?先輩、まだ交代の時間じゃないですよ」


 それを見た新人が声をかけるが、


「阿呆、「依頼」がきた、ってことは、しばらくの間、ここに戻ってこないから、監視の必要もなくなるんだよ」


 上からもそうしていい、と言われていることを伝え、職員はそのまま部屋から立ち去った。少しして、後ろから談笑しながら部屋から出てくる同僚や新人の声が廊下に響く。

 

 なんてことのない、ありふれた日々の一ページ。王国の裏でどんなことが起きていようが、自分たちには関係のない話だと思っていた。


 故に、気づくことができなかった。


 『奈落』に足を踏み入れた俺たちの喉元には、常に『怪物』の牙が突き立てられていることに。



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