畑の隅の猫耳少女(3/4)
「……クィーリア」
「クィーリアか、了解した」
ほんの数秒の沈黙を意に介することなく、ゼノンは少女――クィーリアの名前を確認した。
一方のクィーリアは、そのほんの数秒の沈黙を作り出したことに、名前一つ出すことすら躊躇ってしまう自分に情けなさを感じていた。
少なくとも、今だけは彼に信用を預けなければならなかったのに。
そして彼は、いくらかでもクィーリアに信用を預けようとしていたのに。
そのとき、かさりと暗闇の向こうから聞こえた草地を踏みしめる足音が耳に届き、クィーリアはぱっと顔を上げた。
視線の先では、様子見を止めた魔物達が、月明かりの下に次々と姿を現していた。
彼女達の前に姿を現した魔物は四頭。体躯こそ普通の狼と大差ないが、やや紫がかった毛並みと、たっぷりと毒をしみこませた真っ赤な爪がその異質さを醸し出している。
低く唸りながらこちらを睨みつける狼達に、クィーリアはごくりと生唾を飲み込んだ。
指先が小刻みに震えている。体と共に心も弱っているからか、最悪のイメージが頭をよぎって離れてくれない。
「なるほどな」
一方、ゼノンは至って冷静に、魔物の動向を伺っていた。戦闘を前に過度に緊張するでもなく、逸ることも昂ることもしない。
「クィーリア」
ふと、視線は魔物を捉えたまま、ゼノンがクィーリアに声を掛けた。
「そこに置いているランタンを上に掲げてくれ。もう少し視界を確保しておきたい。それと、目の前のあいつら以外に魔物がいないか、周囲の警戒を頼む」
「……分かった。それと、あの四匹以外に魔物はいないわ」
「……そうなのか?」
「他の場所から音がしないから、間違いない」
その時初めて、ゼノンがクィーリアにちらと視線を寄越した。
高く掲げたランタンの明かりに照らされた、クィーリアの大きな耳がぴくぴくと動く。周囲の音を聞き分けて、他の魔物が潜んでいないかを確かめる。間違いなく、前方にいる狼の魔物の他に敵はいない。
クィーリアの持つ《音》を操作する能力。
それに付随して備わった、彼女自身の高い聴力。
戦闘にはなんの役にも立たない、彼女の唯一の武器にして最大のコンプレックスは、索敵という形でその力を遺憾なく発揮してみせた。
その間にも、狼の魔物達はじりじりとゼノン達との距離を詰め始めていた。大きな動きを見せないゼノンを警戒しつつ、攻撃を行う隙を伺っている。
それに対しゼノンは、狼達の動向を観察しつつ、シャベルを持つ手とは反対の空いた手で、光る紋様を宙に描き出していた。
何かの文字のようにも見える紋様を丸で囲っただけの、ずいぶんシンプルなものを二つ描き、ゼノンはふと手を止める。
瞬間、狼の群れが動き出した。
四頭がそれぞれ思い思いに蛇行し、交差し、それでもお互いの動きを阻むことなく駆け抜ける様子は迫り来る濁流のよう。
先頭を走る二頭の狼が、二方向から同時にゼノンに飛び掛かった。
どちらかが倒されたとしても、もう片方の牙が確実に獲物を噛み砕く。
その両方を対処してみせたとしても、後続の二頭の爪が獲物を引き裂く。
攻撃の的を絞らせない狼達の連携を前に、クィーリアの体がぎゅっとこわばる。
魔物の攻撃を捌き切れずに負傷した記憶がフラッシュバックする。
ゼノンが空いた手を前に伸ばし、口を開いた。
「《花》の術式―
光の紋様が燐光を発して消えたと同時に、ゼノンの手のひらから、突如として巨大な茨が狼の魔物目掛けて伸びていった。
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