畑の隅の猫耳少女(4/4)

 先頭の狼どころか、その後ろに続く狼もろとも巻き込んで伸びていく茨は、魔物の手足を縛り上げ、宙に吊るし、決して開かれないようしっかりとマズルに巻き付いた。なんとか脱出を試みようともがく魔物だが、束縛から逃れられる気配は一切ない。


 それを確認したゼノンは、一番近くにいた狼の魔物に向かってずかずかと歩み寄る。


 そして、手にしたシャベルで、狼の脳天を躊躇いなくかち割った。


 ぐしゃりと嫌な音と共に頭蓋を叩き割られ、シャベルのスコップ部分が半分ほどめり込んだ狼は、びくんと痙攣しながらあっけなく死んだ。


 あとはその繰り返しだった。


 完全に動きを封じた魔物に歩み寄り、シャベルを大きく振りかぶって、一撃で葬り去る。


 もはや戦闘と呼べもしない、淡々とした作業を済ませたゼノンは、溢れんばかりの血の臭いにも、盛大に飛び散った返り血にも大した反応を見せず、クィーリアの元に戻ってきた。


「怪我した腕に負荷をかけるな」


 クィーリアが掲げ持っていたランタンをゼノンが受け取る。その時になってようやく、クィーリアは怪我をした左腕でランタンを握っていたことを思い出した。


 そればかりか、荒くなっていた呼吸も、震える指先も、心臓の鼓動も、今までどこかに忘れてしまっていたすべての感覚が急に舞い戻ってきた。


 突然襲いかかる様々な感覚に押し潰されて、クィーリアの視界がぐにゃりと歪む。


 吐き気がする。立っていられない。


 そのままがくりと、クィーリアの体が重力に屈す。


「よく耐えた」


 崩れ落ちるクィーリアの体を、ゼノンがすんでのところで受け止めた。


 そのまま彼女を背負い、畑の隣にある家に向けて歩き出す。


「次はクィーリアの傷の処置だ。悪いがもう少しだけ頑張ってくれ」


 そう声を掛けられたが、もうクィーリアには返答する気力も、抵抗する体力も残っていなかった。


 そんな中、クィーリアの頭の中は、ゼノンに対する疑問で埋め尽くされていく一方だ。


 はっきり言って、ゼノンはクィーリアがこれまで出会ってきた誰よりも異質な存在だった。


 亜人に対して嫌悪感を抱かず、魔物を退けることを優先し、挙げ句の果てにはクィーリアを治療するなどと言い出す始末。


 他の亜人たちが口々に噂していた人間像とは、あまりにもかけ離れていた。


 先ほどの魔物との戦闘だってそうだ。


 結果を見れば圧倒的だったとはいえ、彼はほんの数分前まで命のやり取りをしていたのだ。


 緊張感なり、恐怖心なり、多かれ少なかれ生まれるはずの感情の動きが、彼にはまるでなかった。


 冷静だとか、落ち着いているだとか、そういう次元の話ではない。戦闘という特異な状況に慣れ切っている。


 一体どれだけ場数を踏めば、彼のようになるのだろうか。


 彼のように、強くなれるのだろうか。


 ないまぜになった様々な疑問と感情が、クィーリアの頭と胸の中でぐちゃぐちゃに渦巻いている。


 やがて、そのどれもを考えられなくなるほどの強い眠気に襲われて、クィーリアはゼノンの背中で意識を手放した。

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