畑の隅の猫耳少女(2/4)
「……ごめん、連れてきたみたい」
「どうやらそうらしいな」
ばつの悪そうな顔をする少女に、男は短く返し、立ち上がった。
「先に外の奴らを片付けてくる。悪いが、傷の処置はその後だ」
そう言い残して、男は少女に踵を返した。
土を踏み締める足音が遠ざかっていき、遠くから扉を開閉する音がした。どうやら本当に、彼は少女に害をなすつもりはないらしい。
だが、まだ彼に信頼を置くわけにはいかなかった。
深手を負っている少女と、温室の外でこちらを狙う魔物達。どちらの対応を優先すべきか順位付けした結果でしかないのかもしれない。
情報を聴き出すため。亜人に対する交渉材料とするため。捕虜として生かしたまま捉えておこうとしているのかもしれない。
男が少女を見逃すメリットなど、考えれば考えるほど浮かんでくる。
だが、考えられる可能性をもう二、三ほど挙げた辺りで、少女はふと考えるのを止めた。
「……今は悩んでいても仕方ない、か」
少女はぽつりと呟いて立ち上がった。全身に纏わりつく気だるさも脚の震えも酷いものだが、気休め程度には休めたおかげで動けないほどではない。
男の後を追って温室を出ると、彼は温室を出てすぐのところで、魔物の遠吠えが聞こえてきた方を睨みつけていた。
先ほどまで二人のいた温室の他には、男のものであろう二階建ての家が一軒あるだけで、周囲は草地と森が広がっていた。魔物の声は森の方から聞こえてきた。今頃、木の影からこちらの様子を窺っていることだろう。
片手が塞がれることを嫌ったのか、先ほどまで手にしていたランタンは足元に置かれていた。掲げ持つことができないランタンはあまり周囲を照らすことができず、二人の視界は月明かりが頼りになっている。
背後から近づいてきた少女の気配に、男は振り返らずため息交じりに呟いた。
「何しに出てきた。お前は戻れ」
「……ううん、それじゃだめなの」
短く言葉を発する男に、少女は躊躇いがちに反駁する。
「もしもあなたが魔物にやられたら、次は私が狙われることになる。……悔しいけど、あいつらは私一人でどうにかできるような相手じゃない。だから、今この場を凌ぎ切るためには、あなたに協力するのが一番いいの」
「……そうか」
「だから、私にできることならなんでも言って。……大したことはできないだろうけど」
暗闇の向こうにいる魔物を警戒しながら短く返す男に、少女は歯噛みしながら付け足した。
少女の言葉に、男は反応こそすれど、顔をこちらへ向けるようなことはしなかった。
魔物を警戒しなければならないのだから当たり前なのだが、顔を向けられないせいで、彼の表情が読み取れない。
表情を読み取れないから、彼の考えが今ひとつ掴み切れない。
放置されているのかとすら思えるような状況に、少女が渋い顔をした時だった。
「ゼノン」
「え?」
突然男が口にした人名を、少女は聞き返した。
「俺の名前だ。成り行きだったとしても、連携を取る相手の名前くらいは知っておくべきだろう?」
「あ、ああ、そういうこと」
ゼノンと名乗った男の言い分に納得し、少女は口を開いた。
開いて、そして一瞬躊躇って、それから少女は自分の名を口にした。
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