2018/5/26 14:23 警察署内・取調室

 無機質なビジネスデスク、固い座面のパイプ椅子。天井を仰げば切れかけの蛍光灯。

「参ったなぁ」

蒼は誰に言うまでもなくつぶやいた。部屋の隅で控えている記録官が蒼をにらみつける。

「あ……。すみません」

背もたれに体重を預けると椅子のネジがきしむ。蒼はため息を吐いて天井を仰いだ。


 初音が怪異に喰われた。その後は怒涛どとうの展開だった。

 蒼はとりあえず初音のスマホを拾い上げ、夜明け過ぎまでどうしたものかと逡巡しゅんじゅんしていた。

(だって、親御おやごさんにどう説明したらいい?『お宅の娘さんはバケモノに喰われて跡形もなく消滅しょうめつしました。遺体いたいもありません』なんて言われて納得なんかできないだろ!)

重い足取りで江川邸へ戻ると、初音の母といかつい刑事たちが蒼を出迎えた。

「初音を返してよーッ!」

として連行される蒼の背中に投げかけられたヒステリックな怒号どごうが、まだ耳をつんざいているような気がする。


 そこからは朝から午後までぶっ通しで取り調べだ。

「単独犯じゃないよね?指示役とかいるんでしょ?(あー、さっさと終わらせて昼飯いきてぇなぁ)」

「……江川さんは僕の目の前で消えたんです。防犯カメラを確認してもらえればわかるはずですけど」

「残念だったな。あそこのコンビニの防犯カメラはオンボロでな、犯行時刻の映像は画像が乱れて見れたもんじゃねえよ(こっちも忙しいんだから、こんな小さい事件に時間かけたくないんだよ。さっさと供述調書にサインしてくれって……)」

「じゃあ、状況証拠だけで僕を拘束しているって事ですか?そんなの横暴でしょ」

ベテランと若手の強面こわもて刑事コンビらの顔に、その内心が字幕付きのいわゆる『キャプ画』のようにオーバーラップする。その様子が無性におかしくて、蒼は場違いの乾いた笑いをかみ殺した。

「笑ってんじゃねえぞ!人の人生めちゃくちゃにしてんだぞお前は!わかってんのか!」

ベテラン刑事が声を荒らげる。机を叩こうと振り上げたこぶしを若手刑事が押さえる。

「先輩まずいですよ!」

「うるせえ!」

刑事たちが揉めているのを、蒼は冷めた目で眺めていた。


 取調室のドアがノックされる。

「ナメてんじゃねえぞクソガキ!」

「落ち着いてくださいよ先輩!」

頭に血が上っている刑事たちはノックの音に気が付かない。

 もう一度強くドアがノックされ、新手の刑事が取調室に入ってきた。

「邪魔するぜぇ……」

取り調べをしていた刑事たちがドアのほうを向く。

「あれっ、玄武洞げんぶどうくんじゃないっスかー」

「これはこれは、警部どの。コイツは広域犯罪対策捜査五課の担当ヤマではなかったはずですが?」

玄武洞が刑事たちに書類を差し出す。

「川原太陽巡査部長。本件はただ今より、我々特定怪異対策室トッカイが預からせていただく」

玄武洞が蒼の腕を取る。

「行くぞ、釈放しゃくほうだ」

「えっ、ちょっと……」

「おい待てゴラァ!毎度毎度うちのヤマかっさらいやがって!ざっけんじゃねえぞ!」

ベテラン刑事の怒号を背中で受け止め、玄武洞と蒼は取調室を出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る