夢幻の挟間で

 アミの目の前には、何故か荷車があった。更に、荷車の横にはユノと母が、長旅に行くような、藁で編んだ裾の長い上着を着ていた。藁帽のせいで顔は見えなかった。

「お母さん。ユノと二人で、どこに行くの?」

 お母さんは顔を上げた。が、そこには顔はなく、そこだけ空間がどこか行ってしまったみたいに、何も見えなかった。

「どうして私は祭祀の一族に嫁がねばならなかったの。」

 アミはどきっとした。

「また昔のように、皆で仲良く…」

 口の見えない母はそういうと、涙声になった。

「ユノ、どうして?」

 ユノも顔を上げた。母と同じように顔がない…わけではなかった。しかし、その目は憎悪に満ちており、今にもアミを殺しそうな雰囲気があった。アミは目を逸らしたかった。しかし、まるで金縛りにかかってしまったかのように、指一つ動かすことも、また目を背けることもできなかった。

「お姉ちゃんばっかりずるい。ユノだって祭祀を見たかった。」

 ユノの顔は至って無表情だった。アミが何も言えないのを見ると、母に、もう行こうよ、と言って歩き出してしまった。

 待って、と言いたかった。荷車が引かれていく。ガラガラと音を立てて、車輪が回り、アミとの距離が遠ざかっていく。アミが何も言えなかったのを嘲笑うかのように、車輪の音はずっと耳の奥に残っている。荷車はもう点としか見えないのに、どうしてこんなにも聞こえるのだろう。どうして、なぜ…


 アミは、そっと瞼を上げた。糸車の音がしていたが、数秒の内に止まった。意識は朦朧として、あまりものも見えなかったが、ぼんやりとした誰かの顔が覗いた。

「ありがとう、生きててくれて。」

 母の声だった。アミもそれにこたえようとしたが、自分の考えとは逆に、意識は更に朦朧としていく。そのままアミは、再び瞼を下ろした。


 何日眠っていただろうか。アミがはっきりと目を覚ました時は、雨の匂いがしていた。熱を出しているのだろう、身体が重い上、頭も痛い。頭をあげてそっと辺りを見回すと、ここが家であることに気が付いた。そして、あの時の記憶が――

「ユノ!」

 その声でアミが起きたのを知ったのだろう、となりの部屋から母の足音が聞こえた。

「ユノは無事よ。」

 部屋に入ってきた母は、掠れた声で言った。目が腫れている母を見た途端、自分がどれだけ危険なことをしたのか、思い知った。アミがいたあの場に波が襲っていたら、アミもユノも無事ではなかった。

 母は何をどう言うか、口を開けたり閉じたりを繰り返していたが、アミに見られていることに気が付くと、唇を結んでしまった。そして一つだけ、

「アミ、無事でよかったわ。」

とそれだけ言うと、全身でアミの体を優しく包み込んだ。アミはその温かさに不意に目の奥が熱くなり、身体を預けるようにして泣いた。

 母は私を待っていてくれた。あの夢のように、アミを置いて行くことはなかった。

 アミは、この家族が好きだ。みんなで暮らす、この家が好きだ。

 みんなと、この家でずっと一緒に暮らせたら。アミは心からそう思った。

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