23話
川沿いの枯れ木が、エンジンノコギリで大地と切り離され、トラックに収容された。
私の住む地域は太平洋側に属しているので雪やみぞれは滅多に降らない。霜焼けをいくら起こしたって、うざったいほどドアノブで感電したってただただ身の回りが乾燥していくだけ。
年の瀬を迎えたこの街で、一人述懐してみることにする。九月の頭に即席で劇なるものを上演してみたとて唯一学んだことを挙げれば、結局自慰のようなプロダクションが無責任で最高に面白いということだけだった。持ち前の吃音だって健在だし。
「あいや、そーでもない、か」
収穫はあった。自分の体でキャラクターを演じる体験は創作にフィードバックできたじゃないか。心理、心情描写に磨きがかかったし、キャラの掘り下げも上手くなった。結構才能があるのかもしれない、私。
私の日常が激変するなんてことはなかった。いつも通り校舎に足を運び、退屈な座学と実習をに顔を出す。あの一件で元々悪かった居心地に拍車がかかった感がするものの、怖くはない。私には心を許した親友がいる。二人もだ。放課の号令で教室から抜け出して寄り道することなく家に。懲りることなく今日も今日とてクソラノベを生産し続けている。
実は先月から私の書斎、たった四畳あるかないかの空間にノートパソコンが導入された。ついにデジタル化の波がやってきたのだ。グラフィックカードなんかかはもちろん積んでない。メモリ四GB、ハードドライブのみ五百。某古本屋で万札一枚。まだ誕生日プレゼントが下賜される年齢で助かった。スペックの低さには目も当てられないが、WordとGoogle Chromeさえ起動できれば事足りるのであえての安物をチョイス。ありがたいことに我が家の門を潜ってから不調らしい不調もないので、電気ストーブで暖を取りつつ快適な環境で作業に臨んでいる。携帯でバーチャルタレントの動画配信を垂れ流しながらタイピングしている時に一番生を実感する。二窓は検索用に空けてある。眼精疲労はアナログ時代より酷くなったが、受けられる恩恵と天秤にかけると屁でもない。今作はらしくもなくサイエンスフィクションに挑戦してみた。未来の科学技術は考証の余地が広すぎて死ぬほど書きづらいけども、歴史の知識とこれまでの執筆経験を糧に日々しこしこ本文を進められている。
「はあーーーっ」
急激に冷やされた水蒸気がその辺を揺蕩っている塵に合わさり、混濁した霧となる。散る。改札を通過して踊り場付近で屯っている際の暇潰しはレバートリーに欠ける。スマートフォンは見られない。動画一本で月末まで通信制限が課せられるのだ。無駄使いはできない。こういう時に空想スキルが役に立つ。
取り掛かっている作品の進捗はついぞ八万を超えた。目指すは文庫本二冊分。まだまだ道半ば。でも完結させられる自信がある。これがあるとないとでは大違い。来期の新人賞まではたっぷ時間がある。書いて削って、削って書く。生命活動を全スキップしてラノベだけに集中したいけどそこは我慢。創作者としての振る舞いを四の五の言う前に人として上手に振る舞うところから。これ鉄則。
アナウンスの後、私が乗っていた線とは反対側のホームに電車がついた。ぞろぞろ出口に向かって無彩色で構成されたアリの群れ。人垣をかき分けて、少女のものと思わしき細くしなやかな腕が振られた。
「お待たせー。待った?」
「あっうん。八分ちょっと」
福本さんは現地住民なので会うのは学校で。最近は二人で登山するのがお決まりとなっている。
「こーゆーのは『ううん全然』って答えるもんなの」
「なにそれ」
「じょーしき。さ、行こ」
彼女の弓手には、薄桜のシューズケースが握られていた。
ラノベ作家志望、文化祭の劇で台本書くことになったんだが 雨水雪 @usuyukiwater
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