21話
「…………ぁ」
空が明るい。最終日、作業開始からどれだけ不眠不休で継戦していたのだろうか。頭が重い。思考に
紙はキッカリ全部使い切った。一枚も余すことなく。五十枚のために二倍以上のリソースを消費したのだ。効率厨に聞かせたら顔を真っ青にして泡吹いてから倒れるだろう。これから原稿持ち込んで、確認とったら速攻で録音してゲネプロできるだけ回して………………本ベルを鳴らすまでのタイムテーブルが鬼畜すぎる。でも今日一日は動けないからさっさと早退して休もう。明日の自分、任せた。登校初日にオールなんてするもんじゃない。
私の気化熱でブヨブヨになったシートを剥がす。コンピューターと同じで、人間の脳も排熱が追いつかないとオーバーフローを起こす。終日フル回転を立て続けに行っていたのだ。満身創痍。
仰向けになりながらスマホをチェックする。LINEの通知バッチが三桁を超えそうだ。福本さんも衣装を仕立てたらしい。渡辺さんは掲示するポスターを量産してもらった。コピックと厚紙だけで。貼れるだけ貼ろうと渡辺さん本人提案で十枚の限度技ギリギリまで用意してもらった。一定の集客効果が見込めれば良いんだけど。それにしても二人とも、チャットが送信された時間を見るに徹夜で間に合わせたようだ。渡辺さんは何度も鉛筆で下書きしたデザイン案を共有してるし、福本さんは逐次進捗を画像で報告していた。途中ミシンで縫い合わせている際に居眠りして指も縫いかけたとといっていた。あわや大惨事なハプニングがあったにも関わらず、短文にスタンプ一つで何事もなかったかのように振る舞っている彼女のメンタリティは底知れない。
原作小説を提出した翌日から急ピッチで支度が始まった。主役はもちろん渡辺さんで、私はその妹役。保健室にいつもの三人で乗り込み、頭を下げ貸し出してくれるよう交渉も済ませてある。貸し出しの旨を伝えたら、養護教論の方が丁寧に扱いと注意点を伝授してくださった。ありがたい限りだ。
「ほとんどこれわたしが喋ってない……?」
「ホント、ホンットスミマセン! 登場人物削れるだけ削ってたらこんなになっちゃって! でも他になんも対処法わかんなくって!」
真っ先にクリアすべきはレコーディングだ。本来、舞台演劇では俳優自身が声を張り上げることによりセリフを観客席まで届ける。ところがこのプロセスだと背景音楽と発声が被って聞き取りづらくなってしまったり、緊張などで次のセリフが飛んでしまった際のダメージが計り知れない。王道であれば直向きに鍛錬を重ねてアクシデントの発生率を最小限に抑えることだろう。しかし私たちはズブの素人集団。それに観る側もアマときた。であればセリフは口パクで身体演技に全集中してしまった方が結果的に完成度を高められるのではないか。それに渡辺さんが慣れている環境を再現する狙いもある。バレエにはセリフが存在しない。音楽に合わせて舞い踊るのみ。渡辺さんには思いのままに、ありのままに踊ってもらいたい。だから余計なものは可能な限り排除する。
録音は暗くて人気のない理科の実験室に忍び込んで勝手に行った。学校中がお祭り騒ぎでてんやわんやしているし、だからといってスタジオをレンタルできるだけの財力もない。扉は施錠してあったものの、地窓がガラ空きだったので匍匐で侵入した。杜撰な安全管理に助けられた。音源の加工はスマホ一台で全工程事足りた。無料で優秀な編集ソフトが出回っている時代に生まれてよかった。セリフの音量にタイミング、トリミングまで自由自在。ひとしきり調整したら場面にマッチするフリーBGMを挿入して出来上がり。人様の著作物を使用するのはルール違反だって? 確かに文化祭の準備期間前はそのような説明がなされたが、実態はひどいものだった。どこもかしこも無許可で版権もののをそのまま流用するか多少のパロディ要素を付け加えてさも自分たちで考えたオリキャラです、とでも言いたげな表情でしみったれたサイズのパンケーキを焼くなり常温のドリンクを振る舞うなりしていた。クールジャパンはどこへやら。これでは盗品市と大して変わりない。私たちは利用規約を何度も読み直した上にクレジット表記だけは抜かりなく行ったのでどうか勘弁して欲しい。
音源データが完成したらば私にできることはもうあれしかない。
「ああっあああぁあ!」
「変な声出さないで! いいよ! できてるできてる!」
女子高生らしい運動神経を有していないのでたった一分の振り付けもままならない。三分間舞ってやろうと意気込んでいた時代が私にもありました。無理です。完全に。ステップは足が
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