10話
七月も暮れとなればうんざりするほど青い空に積乱雲が立ち込める。気休めの業務用扇風機をぶん回してはいるが蒸し風呂状態の体育館。永遠と続きそうな終業式をなんとか正気のまま堪えて帰宅権を獲得した私と渡辺さんは、明日からの作戦を企てていた。
「優花、あれでホントに通ると思ってたの?」
「ぃやそのお、ぁあれしか思いつかなかっていいますか、閃かなかったっていうか…………」
「なんだっけ? えー」
「『片田舎の農村に住む俺、不治の病に犯された弟を救うために故郷を飛び出して言い伝えに登場する伝説の万能薬を求め旅に出る。お前には無理だと村中で説得されたがもう遅い〜道中で最強を自称する同業者に行く手を阻まれるが弟を救うためには手段を選べないので生活の中で鍛えたスキルと実力で無自覚無双します〜』です」
「急に滑舌よくなった」
「ライフワークですから」
「なんかその、色々ツッコミどころ満載なんだけどさ、矛盾してない? 最後の方のーえームジカクムソウ? だっけ。なんで無自覚なのに自分で認識してんの?」
「様式美です」
ライトノベルあるあるにして最大の謎、盛りに盛られた過積載タイトル。従来できるだけ簡潔にするべきとの風潮があった題名。この常識はインターネットの普及と共に破壊された。一例を挙げれば株式会社ヒナプロジェクトが運用する小説家になろう。サブカルチャーの基幹インフラであるなろうにおいて、より多くの読者に愛を臨界量まで注ぎ込んだ拙作を届けるためにはある程度のしきたりを遵守することが要請される。前提として、ウェブブラウザーから閲覧するユーザーの大半は携帯端末からログインする。時間帯は電車通勤の合間や昼休憩の余り。ラノベは暇つぶしを主目的として消費されている。
ここで利用者の立場に視線を移すと、彼らは手軽かつ素早く読みたい作品に目星をつけたいという心理にたどり着く。コストは支払いたくないがパフォーマンスは享受したい。次いでなろうを筆頭にサイトが備えるUIを観察してみる。トップ画面にランキング表が配置されているのに気がつくはず。インターフェースの特性として総合部門や各ジャンル別部門に関わらずそこで表示されるのは表題のみ。プロアマ問わず星の数ほど投下される物語の中で残された唯一のアピールポイントである。そこで編み出されたのが上限百文字タイトルのスペースにあらすじを捩じ込んでしまう荒技だった。この手法で得られるメリットは計り知れない。まず一度に開示できる情報量が爆発的に増加する。無料コンテンツの供給速度がインフレした現環境下において肝要なのは、いかに短時間で他作品より訴求ができるか。これに尽きる。次点でディスプレイに対する自作が占有する面積の拡大。前述の仕様により宣伝効果が増大しアクセス数への貢献が見込まれる。
「……それにさ、もう遅いのくだりはいらないでしょ」
「様式美です」
かつて一世を風靡した大人気ジャンル、追放ものをご存じない!? これまで散々な扱いを受けてきた主人公が組織からの追放を契機に覚醒してギャフンと言わせる構成は古今東西共通の激アツ展開では!?
「…………サブタイトルが全然補助してな」
「様式美」
試行錯誤の末に研ぎ澄まされた伝家の宝刀。エクスカリバー。環境トップ装備を使わない手はない。
「そう………………」
少しだけ肩を落とした。眉を八の字にして。
「名前変えない? すっごい薬探すんでしょ…………だから、んと、エリクシール、とか」
「化粧水ですか?」
洗面所で見たことあるぞ、その名前。お母さんがお風呂上がりに使っていた気がする。
対話を諦めたのか、渡辺さんは黙り込んだ。どうしたんだろう。対人経験が皆無でトラブルシューティングできない。あ、渡辺さんがスタスタ私のそばから離れていく。もしや彼女の意見を全く受け付けないから怒らせてしまったのだろうか。そしたら大問題だ。人生初のまともな交友関係が開始早々潰えてしまう!
「あっ、なんかその、すみません……お詫びにエンコ詰めときますんで…………」
「いやなんで! てかなんで指詰め!? 今令和だから!!」
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