11話
通学路の途中に寂れた公園がある。そこにひっそりと設置してある、アイスキャンディーの自販機。ガコンと商品が落とされる。
はい、と私にバータイプのモナカを差し出してくれた。渡辺さんは私を捨てたわけではなかった。何か冷たいものを食べながらじゃないと帰りたくないらしく、私は金欠だからと断ろうとしたけれど奢ってもらう運びとなった。やっぱり聖人だ。
「あぅあありがとう、ございます」
「いーからそんな畏まらないで。せっかくタメなんだし」
爪を引っ掛けて紙箱の蓋をこじ開けて、透明なフィルムを破く。
「あそうだ。教室の飾り付けとかどーしよ」
渡辺さんがそうこぼす、チョコミントの棒を手に持ちながら。
「ぶ文化祭の劇って、体育館の、ステージの上でするものでは…………?」
「あそこは軽音とかが予約してるから空いてないよ?」
「えっでもどうやって」
日焼けしたベンチに並んで腰掛けた。最中種を喰いちぎる。小豆の優しい甘みが憔悴しきった体に染み渡る。ほのかにミルクの香が鼻腔から抜ける。胃の腑がひんやりとして気持ちがいい。
「出入り口を舞台袖としてやればいいでしょ。黒板の前じゃ足りないから絶対に」
「あっなるほど。だったらスペース足りますね」
そっか。教室でやるんだ。肩の荷がいくつか降りる。あの空間に百人以上は押し込めないだろうから、もしコケたとしても致命傷で済むかもしれない。
「優花才能あるんだからもっとこう、自分に自信を持ちなさいな。マトモな題名はつけられてないけど」
「ゎ、私はラノベ専門なんで」
「ラノベ? あーあのなんか変なの? なんでそんな安っぽい、パルプ・フィクションに固執するわけ?」
「恋に落ちたんです。一目惚れでした」
「はぁ?」
「た確かに、ラノベは他の小説よりも下に見られることが多いです。低俗で、卑猥で、幼稚で、こんなゴミ読んでるやつはお里が知れるって、書き込まれたこともあります」
小説投稿サイトに掲載されている作品群は玉石混合。比率としては九割九部九厘が石。文法がガタガタで日本語として機能していないものや、三点リーダーを奇数個で使用したり改行もなしに場面転換、通信機器での会話文で通話相手の発言を二重括弧で括ってしまうなどといった作法がなっていないもの。はたまたスキルは十分だけれども思想のない軽薄な、ペラペラとした毒にも薬にもならないような美学も哲学も語らないもの。ハイブリットタイプもゴロゴロ転がっている。
「はあ」
「でも、でもでもでも! 人一倍たくさん読んで、たくさん書いてるのでわかります、察せるんです! 作者さんが大事にしたいこととか、誰かに話したいけど現実じゃ話せないこと、とか」
毒々しいグリーンが垂れる。渡辺さんの太ももを汚す。しとしとベタつく水溜りを形成している。
「ライトノベルはれっきとしたアート! 作者は常日頃から、魂削ってワープロに文字打ち込んでるんです!」
ダメなのに。なんかラノベを侮辱された気がして。隣の彼女が許せなくなってきた。ダメなのに。私が制御できない。頭の片隅はどこか冷静なのに。
「ただでさえ仕事や家事に追われて、やっとの思いで捻出した大切な余暇を。皆惜しみなく投げ捨てて! 心の底の底に抱えるわだかまりの正体に怯えながらああでもないこうでもないと休日丸々潰しても、しっくりくるセンテンスが思い浮かばなくて! 周りには評価されず、ネットでは散々暴言を吐かれた挙句相手にされず! それでも必死に足掻き続けてるんです!」
物書きとして失格だ。人物に作者の演説を混ぜこぜにするなんて御法度、賢い読者諸君がすぐさま嗅ぎ取ってブラウザバックするぞ。
「ラノベはパルプ・フィクションでも、蔑まれたり辱められたりする道理は世界中のどこにだってありはしない! 油絵具で描かれた絵画も、大理石に彫られた彫刻も、音楽も建築も
なに熱く語っちゃってんだ、私。まだ紙の本一冊も出したことない癖して、一丁前に大作家面しちゃって。バッカじゃないの。
「全ての表現者と表現物を、バカにしないで!」
言い切った。言い切っちゃった。情緒不安定なのは自覚あったんだけどな。なんかキレちゃった。
渡辺さんの動向にに注意を払う。絶交だろうか。建設的なスクールライフとの訣別を覚悟した。けれども彼女は笑みを浮かべていた。理屈はわからない。ふうと吸った息を吐いて、こちらにの瞳を覗き込んできた。充血のない、陶磁器のようにつやつやとしたブラウン。
「優花、なんだ。けっこう喋れんじゃん」
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