5話
結局、エピソードの確保ができた途端に役振りは円滑に進んだ。役者はいつも騒がしくしている面々。みんなは待ってましたとばかりに舞台裏に滑り込んだ。衣装を既製品にすると予算が天井突破してしまうことが発覚したらしい。またしても面倒事の押し付け合いが発生しかけたが、無口の子がたった一人で請け負った。自ら率先して。グループ内が拍手喝采の嵐となり、本人は満足げな表情だった。いいなあ。私もあんな感じに歓迎されるはずだったんだけどな。
帰り際、勝手に追加されていたLINEで渡辺さんに呼び止められた。また私何かやっちゃいました?
「さっきはその、嫌な思いしなかった?」
まばらになった放課後の教室。グラウンドから走り込みの掛け声に、廊下からは管楽器のチューニングが聞こえてくる。
「あっいえ、全然。常日頃から言われ慣れてるので」
私が異常者であるのは今に始まったことではない。ラノベに目覚めてからというもの、朝読書に自前で密輸入していた。偽装工作の意味合いで書店のブックカバーも装着して。私はこの作戦、思いついたときは天才なんじゃないかと自画自賛したものだけれども致命的な欠陥を抱えていた。話の合間合間にドスケベな挿絵が含まれていたのだ。
ライトノベルの起源を辿れば、主な顧客層は思春期真っ盛りの中高生だった。要は小学生の頃に教育熱心な親御さんから読まされた模範的な名著だったり学校で指定された読書感想文の課題図書のような受動的な、与えられた本じゃない。ただ単純に楽しみたい気持ちで自発的に、エンタメとしてカウンターから手に取るものなんだ。であるから鑑賞に要求される摂取カロリーを意識して小さくしたものが好まれた。生理的欲求を刺激し視覚に訴えかける形で顕在化した。それを同級生のいじめっ子ポジションに偶然発見されてしまった。「コイツ女の癖にエロ漫画読んでる」だってさ。指折り片手でカンストするまで読み返したクタクタのそれ。力づくでひったくられて晒し上げられて、手拍子と共に囃し立てられた。次の日から三ヶ月の高等遊民期間を経て、卒業まで登校先が保健室になった。
「あっ今日はもう予定があるので」
待って、と渡辺さん。腕をギュッと掴まれた。素早さが足りなかったのが原因だろうか。
「あたしのこと、これから名前で呼んで。あたしもそうするから」
かの川端康成先生のような迫力のある眼力でこちらを凝視してくる。
「あっえと、葵さん」
「あ、お、い! さんいらない」
「むむ、無理です急に! えと、じゃあ葵ちゃんは」
「それでよし。急に引き止めてごめんなさい。また明日ね、
下の名前で呼んでくれた。これって友達認定で合ってるよね? そうだよね?
渡辺さんと、友達になっちゃった…………。
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