第9話 蠢く教団

 セリカと信者の中で選ばれた幹部候補は教会の地下で策を練っていた。その策というのは、どう使者の元へたどり着くかというもので。

 

「使者様がご降臨なされた場所はここより――」

「姐さん、おそらく1週間は掛かるぜ」


 彼の名はデレク・スター。

 信者となる前は船乗りをしていた男である。溢れんばかりの活力で何事も熟してきた彼だが、足に大きなケガを負ったことで船乗りを引退したのだ。

 そして生きる意味を失った彼の目に止まったのが、セリカという絶世の美女だった。どうせ話をしても相手にされない、そうデレクは思っていたのだが、セリカは相手にしないどころかケガした彼を労り優しく接してくれた。

 そんな出来事もあり、心を許した彼はウロボロス神とセリカの信者となったのだ。


 もちろんセリカの目論見通りである。


「早くお会いしたいというのに」


 セリカが頭を抱えていると、もう一人の男が地下に降りてきた。

 姿を見せたのは、少し陰湿な男。

 しかし見た目以上に優秀な人材でもある。


 そんな彼の名はジャガ・イモだ。

 元は貴族の三男として生まれたものの楽して過ごしたいという思いから魔術の使えない無能っぷりを演じてきた。しかしそれが仇となりイモ家からは追放。

 自身で招いたこととはいえ傷心していた。


 そんな時、とある路地裏で絶世の美女を見掛けたのだ。もちろんそれもセリカである。

 ジャガもデレクと同じ一人の男だ。

 美女を無視できるはずもなく、


「お嬢さん、ぜひとも私とお茶を」


 と声を掛けたのだ。


 しかしセリカからは、


「優秀なのになぜ追放を。わたくしはあなたの助けを必要としています」


 事情を把握しているのか、傷心したジャガには響く、いや響きすぎる言葉が返ってきたのだ。よってジャガはデレクと同じく彼女の美貌と優しい言葉にまんまと乗せられ信者となったのだ。


 そんなジャガだが実は優秀である。

 ゆえに情報網も凄まじい。


 セリカは彼にある調査を頼んでいたのだ。

 それが使者の護衛を務めているという人物についてだった。

  

「セリカ嬢。情報が入りましたよ」

「そうですか……どのような方で?」

「どう見ても危険人物ですよ! ほら見てくださいよ、これ」


 渡された書類を確認すると、目を疑う報告がまとめられていた。レオドール家に務め始めたのは約一年前。なのだが、使者の専属メイドにまで昇格していたのだ。


(ま、まあ、この程度でしたら仕事ができる方なら当然。そうじゃないと困ります)


 と、自分なりの解釈で心を落ち着かせる。

 しかし現実的ではないのだ。専属メイド――所謂、他メイドよりも優遇され立場も上である。本来なら長年レオドール家に務めている者がいるならば反発が起こり得る案件なのだ。


 不思議に思いつつもセリカは報告書に目を通していく。下に読み進めるほど深まるのは謎ばかり。彼女が何者であって、今まで何をしていた人物なのか不明のままなのだ。

 近況報告としてはレオドール家にて使者とその彼女はよろしくしていることぐらい。


(彼の情報網でもこの程度。やはり少し危険な相手かもしれません)


 セリカは口に手を運び爪を噛む。


「セリカ嬢。ここまで経歴や過去がない人物は私の経験上――」

「ええ、理解しています。元は裏社会の方で間違いはないでしょう」

「だったらどうするよ?」


 デレクがそう問うもこれ以上話が進まない。

 対策を練ろうにも相手がどんな人物なのかはもちろんその思考回路すらも理解できない。


「夜分に忍び込むのは?」


 ジャガの提案にセリカはため息を吐いた。


「危険ですね。仮に相手が暗殺者だとしましょう。夜分の行動は得意のはず」

「しかし使者様との接触を図るにはそれしか」

「いえ、方法はあります。お会いするのが困難なのであれば……使者様に対して失礼かと思いますが屋敷から誘い出すというのは」

「確かに……ですが、どのように」

「それこそあなた達の努力次第です。報告によれば屋敷の前には庭園があるとか。そこでウロボロス神に捧げる儀式を執り行えばよいのです。必ず応えてくださいます」

「確かに我らが神、その使者であれば」 


 こうしてウロボロス教団の方針が決まる。


 大陸を渡るため信者、教団を支援する各方面から寄付を募り飛行艇を購入。その飛行艇は【ウロボロッス】と名づけられ、信者達の間では天の箱舟と称された。

 そして皆が乗り込んだところで使者が住む屋敷へと向かうのだった。


(も、もう少しでお会いできます使者様。)


 飛行艇はものすごい速度で雲を突き抜ける。

 光学迷彩、魔障壁、迫撃砲も搭載され攻守ともに完璧。


(使者様に乗っていただくのに、これほどまでに安全なものはないでしょう――うふ、うふふふふふッッ)


 その様子を見ていたデレクとジャガは心配そうな眼差しで見つめていた。


「おい、あれ大丈夫か?」

「私に言わないでもらいたい。セレス嬢のことだ、何か素晴しい案でも思いついたのかもしれない」

「そんな表情には見えんけどな。あれは獣の目だ」

「物騒なことは言わないでくれたまえ」


 信者達の心配をよそに予定通り飛行艇は使者(クズト)の屋敷を目指すのだった。

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