第10話 駆け引き
予定通りレオドール家の屋敷が存在するという森の中にたどり着いたウロボロス教団。
飛行艇を降りれば、そこは日が差し込んではいるものの獣や虫が多い場所だった。地面はぬかるみ湿気が多いたのか、温風が体にまとわりつく感覚だ。
「姐さん、すっげ〜暑いんだが……ここにマジであんのかよ」
デレクの言葉にセリカは軽く頷いた。
しかし声を出そうとはしなかった。
なぜなら彼女は何者かの気配を察知していたのだ。【鷹ノ目】――それは風の流れから人の気配を察知するセリカ特有の能力だ。
(屋敷の周りに5人……でも、おかしいわ)
貴族ともなれば屋敷を警備するため自身で構成した騎士、もしくは冒険者に依頼を出しているはずなのだ。
「ねえ、デレク。警備に当たる人はああも動くものかしら?」
「オレの知る限りじゃありえねぇな」
「だとするなら……彼らは何者?」
「ふむ、あれは暗殺ギルドのようです」
セリカの耳元で囁くジャガ。
だが、気配を感じていたセリカは驚くこともなく平然としている。茂みからじっと屋敷方面を見つめ、人の気配を感じ取っているのだ。
しかしジャガは少し落胆していた。
こっそり近づき耳元で囁いてはセリカを驚かせようと企んでいたためだ。
誰しも好いた女性の違う一面を見たい、そう思うのも当然である。
セリカの場合、普段から優しさは滲み出ているものの驚いたり、泣いたりすることはない。顔を合わせるたびにニコニコしている。
感情で表情を変化させることがないのだ。
「ジャガ。あなたの調べで警備の人数は?」
「10人ほどと聞いています」
「だとしたら、5人足りないわ。これはどういうことかしら?」
「すみません。私の間違いかもしれません」
「あなたはこのような間違いをしないでしょう。もしかしたら――」
セリカは後ろに控えていた信者に手で合図を出した。すると次々とその指示通りに屋敷周辺まで移動する。
到着すると茂みに入りまた息を潜めるのだ。
「ジャガ。魔力石の起動を」
指示を出すと、彼は首に掛けたネックレスに魔力を込める。
やがてその魔力石は白光を放った。
「テスト、これはテストである」
「了解」
石からは数名の男の声が聞こえた。
「では指示を聞くように」
ジャガはセリカに魔力石を渡した。
そして落とさないよう首に掛けると、さっそく【使者様とお近づきになる作戦】第1段階を伝えたのだ。
「どうやら先客がいるようです。信者の皆様、彼らの無力化を計画の第1段階とします」
「イエス、マム!!」
屋敷周りでうろうろする5人の暗殺者。
その中には1人、異様な空気を醸し出す男もいる。右手には短剣を握りしめているものの腰には毒針を仕込んでいる。
見える範囲でこれだけの装備をしているのだ。他にも隠し持っていてもおかしくない。
「こちら無力化成功!」
「同じく無力化完了」
次々と上がる無力化の報告。
だが、あの厄介そうな男だけはまだ無力化の報告がない。
「時間はありません。急ぎ無力化を」
「いえ、しかしまるで隙が――」
この言葉を最後に1人会話が途絶えた。
セリカは慌てて【鷹ノ目】で確認する。
先程までいたはずの場所に男の姿はない。
その代わり会話が途絶えた男が気絶し、地面に倒れていたのだ。
「ふふっ、さすがは暗殺者といったところでしょうか。わたくしの背後を取るなんて――」
そう言ってセリカは胸に仕込んでおいたナイフを背後にいるはずの男に投げた。
鋭利な刃物だけあって木に深く刺さる。
「はぁ~手癖の悪いお嬢さんだ」
木陰から現れた男は不敵に笑った。
そこで男らしくもない行動に出たのがデレクとジャガだった。
全身を震わせ、茂みの中に潜り込んだのだ。
(ああ、本当に情けないわ。この役立たずが)
セリカはゆっくりと立ち上がる。
「あなた、その佇まいでといい隙がないのはさすがとしか言いようがありません」
「暗殺者を前にしても怯えない女、か。何者だ?」
「はて? 何者と聞かれましても」
そんなとぼけるセリカの姿を見て、男は地面に唾を吐いた。
「だったらその卑猥な体に聞くまでだ」
男は右手には短剣、左手には毒針を持つ。
おそらく暗器使いなのは間違いない。しかしセリカにとってはそれすらも想定済みだったのだ。「クスッ」と笑うとセリカの目は澄んだ青い瞳からだんだん紫に変化する。
これがかつて神と約束を交わした少女。
普段から笑顔を絶やさないセリカだが、今となっては戦闘態勢に入った証拠なのだ。
しかしこれまた増援の気配がする。
「信者に告げる。女子供は退避を。男性は増援の排除を」
「どんなカラクリかは知らねぇが存分にその柔肌を甚振ってやるよ」
セリカは左目を手で覆う。
目を大きく見開くと、その紫の瞳には蛇の紋様が浮かび上がった。
「さあ、始めましょうか。
よってウロボロス教団と暗殺者ギルドの火蓋が切って落とされたのだ。
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