第2節 モブを崇める謎の教団

第8話 神との約束

 暗闇ながらも草木は月の灯りに便乗し輝き出す。川は流れ、雑音も一切聞こえず心地良い風が身体を包む。


 そんな自然豊かな場所に存在する辺境の村。

 人口はおよそ数十人。誰もが不便な生活に頭を悩ませながらも必死に作物を耕し生きている。廃材で建てられた古びた家は隙間風はもちろん雨漏りするのは当たり前。


 そんな過酷とも言える環境で一人の痩せ細った少女は夜な夜なシクシクと泣いては普通の生活という物に憧れを抱いていた。

 育ち盛りだというのに出てくるのは腹を満たせない物ばかり。塩味のスープに蒸した芋。

 

 食べるたびに「ぐぅ〜」と鳴る腹の音。


 子どもは無垢であり、純粋である。


 少女は数少ない村人の目を盗んで夜空がまるで宝石のように美しく見える崖に向かう。手足に傷を負いながらも鬱蒼とした森を抜けた先に広がるのは幾千もの星が輝く夜空だった。


「わあ〜キレイ!! 宝石みたい」


 少女は夜空に浮かぶ星を掴みたかった。

 しかし、伸ばした手では届かない。

 ならばと思い、少女は星を見上げ跪いた。


「神様。どうかあたしにあのキレイな宝石をください」


 手を合わせひたすら願う。

 少女にとってはあの夜空に輝く宝石こそが夢であり、この先の未来を掴む道標なのだ。


 寒さで手足が赤くなろうと耐え続けた。

 古びた衣服を着ているが、もはやこの寒さの前では何の役にも立たないのだ。

 火で暖を取りたい。しかし火を起こす術を知らなかった。


 少女の身体はとうに限界を迎えている。

 

「これを君にあげよう」


 意識が朦朧とする中、現れた人影。

 それは黒くて暗い何かだった。

 でも、その手に握られていたのはどっからどう見てもただの石ころ。輝きもしない、不規則で歪な形で艶もない。ただの石ころだった。


 しかし少女にはそれが夜空に輝く宝石に見えたのだ。

 若葉と同じ緑色に輝き温もりを感じる。


「これは……」

「君が必死に願ったものだよ。これをあげる代わりに僕のお願いを一つ聞いて欲しいんだ」

「頼み?」

「うん、そうだよ。君は強くて賢い子だからね。自ずと理解できる日がくると思うよ」

「……わかった」

「そのお願いと言うのが――」


************


 あれから二十年後。


 ガリガリに痩せ細った少女は立派な大人へと成長していた。肉付きはもちろん出るとこは出てすれ違う男を魅了するまでとなっていた。


「セリカ様、どうか我々は神に愛されているのでしょうか?」

「ウロボロス神は皆様を愛されております」


 群がる男達を前にしても動揺すらしない彼女の名はセリカ・アーデル。修道服を身に着けた上に長くサラッとした金髪。そのスタイルの破壊力を相まって男達は一目見ようと古びた教会にも関わらず群がるのだ。

 

 幼い頃、裕福な暮らしとは疎遠だった彼女も今ではそこらの貴族より裕福な暮らしをしている。もちろん一平民がここまで稼ぎを得ているのにはちゃんとした理由があった。


 そんな彼女の職というのが聖女。

 神に仕え奉仕し、その素晴らしさを世に広め人々に安らぎを与える職である。

 なのだが……。


「皆様は神を信じますか?」


 セリカの問いに男達は熱気を放つ。

 まるでライブ会場のごとき雄叫びを上げるのだ。


「もちろん我々は信じますとも!!」

「ウロボロス様はさすがだ。こんな逸材を」

「俺は神ではなくセレス様を推すぞ!」


 もはや男達は神よりセリカ目当てなのだ。

 その美貌というとまるで女神そのもの。老若男女から愛される性格の持ち主。

 所謂、すべてが完璧なのだ。


「皆様聞いてください。近々、ウロボロス神のお告げでもありました使者様が天から我々の世界に降臨なされます」


 男達はその使者などには興味がない。 

 セリカに興味があるだけなのだ。


「ですがセリカ様。我々はあなたさえいてくれれば」

「皆様、本来信仰すべきはわたくしなどではなくウロボロス様なのです。その使者様がご降臨なさるのですよ。言ってる意味わかりますか?」

「はい。ですが……我々はセレス様を」

「皆様の気持ちは嬉しく思います。ですが今のわたくしがあるのは幼い頃ウロボロス様に未来への希望をいただけたおかげなのです」


 この話はセリカにとって十八番だった。

 皆の同情を誘い、ウロボロス神に対する信仰度を上げようといった作戦だったのだ。


「ここまで立派に育ったのもすべて――」

「さすがはセリカ様だ! 立派だ立派!!」

「これが神の御業であると……ふむ、素晴しい。その使者様とならば最高の幸福を」

「「授けてくださるのでは!!」」


 男達は盛り上がる。

 使者を信仰することによって自身にさらなる幸福をもたらしてくれるのでは、と。


 その幸福とは、男なら誰しもが抱く野望。

 セリカのような美女とお近づきになりハーレムを作ることにある。それこそ最上級の喜びであり、永遠の願いなのだ。

 一生に一度の願いなのである。


(どうせ男達はまたくだらない願いが叶うと期待して)


 それをわかっていながら男達のいやらしい視線にも屈せずセリカは布教を朝から晩まで続けた。やがてその努力の賜物なのか洗脳は完了し、セリカは口角を上げる。

 

(ふふっバカな男達。でもこれで使者様を迎える準備は整ったわ)


 しかしここで思わぬことが判明する。

 男達が盛り上がるのは当然なのだが、たまたま教会に足を運んでいた女子供までもがセリカに対し敬愛の眼差しを向けていたのだ。

 それに教会に響く拍手喝采。

 

 今まで戸惑うことなく淡々と布教していたセリカだったが、この不思議な現象には思わず苦笑い。引きずった顔をしていたのだ。


(何かがおかしい。は、まさか、これも使者様のお導きの結果なのでは?)

 

 的が外れた勘違いをするセリカ。

 勝手に盛り上がる老若男女の信者達。


 そしてこれが後にクズト率いるウロボロス教団と呼ばれる各ギルド(総合、商業、冒険者など)から警戒度Sランク認定される組織の始まりだったのだ。

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