介護士としての正解について考えていた。

21歳から介護士として勤務してきた。




今まで人生を立派に生き抜いてきた利用者さんたちが、どうして辛くしんどい思いをしないといけないんだろう。少しでも力になりたい。

介護士として、どうすることが正解なんだろう。なにが出来るだろう。


「病気だから」

「年老いると大抵みんなああなるわよ」


これは利用者さんがしんどさを訴えていたので、先輩スタッフに相談したら返ってきた返答だ。

わたしはぶっちゃけると「あ?」と思った。

ヤツ(先輩スタッフ)は他人事のようにサラッと言ってのけたのだ。ハリセンがこの手の中にあったら「なんでやねん!」って勢いよくぶっ叩いてツッコむのに。


なにを言っているんだろうか。

少しでも辛さが和らぐようにサポートするの仕事なんじゃないだろうか。

それを承知で求人に応募して採用されてお給料もらってるんじゃないの。

職務怠慢すぎんだろ。減給されちまえ!


でも反論は出来なかった。病気や老化の前では多くの人間は弱ってしまう、まいってしまうのだ。体調の管理表に記入してそれで終わり。訴えが続くようなら看護師に連絡。それで、終わり。


でもその正論で片付けていいのかな。わたしからしたらその考えは違和感が拭えなくて受け入れ難い。なんか、そんな冷血になっていいのか?長く勤務してたら慣れてそうやっちゃうのかな。だったらわたしは慣れとは無縁でいたい。


みんなそうなるってわかってんだったら、もっと真剣に考えないといけないんじゃないか。自分たちの未来から目をそらしてどうするの。それ思考停止状態って言うんじゃないの。


わたしはとめどなくあふれる疑問と苛立ちと切なさ飲み込まれていた。


利用者さんは、みんな誰かにとっての宝物でしょ。預かっている自覚と責任はないの。



かといって解決策を考えても、医療の進歩だとか新薬開発とか介護ロボット導入だとか、その辺りしか思いつかなかったしわたし一人が考えきれるテーマでもないと、思っていた。

反論なんて出来なかった。



ただ私の胸の内でふつふつ煮えるむかつくって感情を上手くまとめて言語化してこの人にぶつけることが出来たらなあ。


ふざけんじゃないわよ。










「わからないの。わからないことが悲しいの」


出勤すると、毎日そう繰り返し言っていた利用者のおばあちゃんがいた。認知症の症状がある方だった。

悲しさで顔をしかめて、両手を顔を覆って肩をカタカタ震わせるのだ。

辛いだろうな。わたしまで震えてしまうくらい感情が伝わってきた。どんどん忘れていくって、どれほど心細くて悲しいだろう。



わたしは背中をさすりながら「大丈夫ですよ」と繰り返すくらいしか出来なかった。

無力だなと思う。

どうしたらいいんだろう。なにができるんだろう。


テレビでよく見るあのコメディアンみたいに、人を笑わすトークスキルや飛び抜けたユーモアがあれば、利用者さんたちも楽しんでくれるだろうな。

人の心を読める超能力があれば、利用者さんがなにをして欲しいかガッツリ把握できるし出来ることなら全部やるのにな。

もし認知症が目視できて、やっつけたら症状が消えてなくなるなら、ギッタンギッタンにのして遥か彼方まで飛ばすのに。

そんな現実離れしたことを考えていた。

ひたすら無力だった。




ある時その利用者さんに

「あなたの顔を見るといつもほっとするのよ」

と言われた。

嬉しくて反射的に顔が綻んだのを覚えている。唇がこれでもかってくらいVの字に曲がってたと思う。

背中をさすって「大丈夫ですよ」と声をかけてただけなのに、貰っていい言葉なのかしら。

今でも私を支えてくれている言葉。

生涯わたしの心をぽかぽか照らし続けてくれる言葉。思いだしたら小躍りしたくなってきた。

有り難いとはまさにこのことだ。



その時なんとなく、介護士としてのわたしがどうあるべきかわかった。

頭を抱えて考えても考えても答えは出ないと思っていた。正解なんてないのだと思う。わたしが得意なことは心を通わせた、血の通ったあたたかな交流だ。シンプルで、世界中で行われてることだし多くの人が望んでいることだと思う。

得意なことを活かして利用者さんに安心を提供出来る、そんな介護士であろう。





今までの人生を立派に生きてた利用者さんたちが、どうして辛くしんどい思いをしないといけないんだろう。



介護士としてわたしは、利用者さんと心を通わせ、安心した日々を過ごしてもらえるように力を尽くしている。

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