「届かない手紙」

中学二年の冬、美咲はいつも放課後の図書館で勉強していた。静かな時間が好きだったのもあるが、それ以上に理由があった。三年生の亮がいつも同じ図書館で勉強していたからだ。亮はクラスの人気者で、勉強もスポーツも何でもできる。しかも、彼は気取らず、誰にでも優しく接していた。


美咲は遠くから亮を見つめるだけの日々が続いた。彼に声をかける勇気はなく、ただその笑顔を遠くから眺めるだけで満足していた。ある日、亮が美咲に話しかけてきた。


「ここ、いつもいるよね。頑張ってるんだね。」


その言葉がきっかけで、美咲の心はさらに亮に引かれていった。けれども、気持ちを伝えることはできなかった。


それから数日後、未曾有の大地震が街を襲った。建物が倒壊し、街中が混乱に包まれた。美咲も被災し、家族とともに避難所へと逃げ込んだ。混乱の中、亮の姿は見つからなかった。まさか、彼が…。そんな最悪の思いが頭をよぎり、美咲は心の奥でそれを必死に否定した。


数日後、亮が亡くなったという知らせが届いた。彼は街中で助けようとした子供たちを守ろうとして命を落としたという。あまりに突然の別れに、美咲は現実を受け入れることができなかった。自分の気持ちを伝える前に、彼はもういない。


それから美咲は、毎日亮に手紙を書くようになった。伝えられなかった想い、もっと話したかったこと、そして彼がいなくなった悲しみ。それは美咲の心を支える唯一の方法だった。手紙は決して届かない。それでも書くことで、自分の気持ちを整理しようとしていた。


高校生になっても、美咲は亮のことを忘れることができなかった。新しい友達を作ることもなく、ただ一人で亮への手紙を書き続けていた。周囲の同級生たちは楽しそうに笑い、青春を謳歌している中、美咲だけが時間が止まってしまったような気がしていた。


そんなある日、美咲はクラスメートの直人と出会った。直人は明るく、いつも元気で、無邪気に話しかけてきた。美咲は最初、彼に心を開こうとはしなかったが、次第に直人の明るさに引かれていった。けれども、美咲の心の中には、亮がまだ深く根付いていた。


ある日、直人が亮の話をしてきた。彼は亮を知っていて、災害の当日、同じ場所にいたのだという。亮が最期まで子供たちを守ろうとした姿を見ていた直人の話を聞き、美咲は亮への想いが込み上げてきた。


「亮は、最後までカッコよかったよ。俺も忘れられない。でも、美咲も、ちゃんと前を向かないと亮が悲しむよ。」


直人の言葉に、美咲は涙をこらえることができなかった。ずっと心にしまっていた想いが、今、彼の言葉で解放された。亮のことを思い続けることで、自分の時間が止まっていたことに気づいた。そして、亮が自分に望んでいたのは、前を向いて生きることだったのかもしれないと感じた。


美咲は、最後の手紙を書き終えた。亮への感謝と、これから前を向いて生きていく決意を込めて。そして、その手紙を亮の写真の前に置いた。


「ありがとう、亮。私、もう一度、笑って生きるよ。」


美咲は心の中で亮に別れを告げ、直人とともに新しい未来へと歩き出した。亮への想いは消えることはないけれど、彼が美咲に託したのは、幸せに生きること。美咲はそれを心に刻み、新しい一歩を踏み出した。

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