「彼岸に咲く、名前のない花」

この作品は「あの花」のオマージュ作品です。


主人公の僕は、東京を離れた地元の町に久しぶりに帰ってきた。空は鈍色の雲で覆われ、昔遊んでいた山道のトンネルは今も変わらず、その姿を残している。僕は一歩一歩を踏みしめるように、重い足取りでその道を歩いていた。

この町には、決して忘れることのできない記憶がある。そして、その中心にいたのは、もうこの世にはいないはずの彼女、ヒナ。


小学生の頃、僕たち五人は毎日冒険をしていた。山に登ったり、川で魚を捕まえたり、夜遅くまで遊びまわった。だけど、ある日ヒナが事故で亡くなってから、僕たちはみんなバラバラになってしまった。


その日は、ヒナが亡くなってちょうど十年目の命日。僕は誰にも言わずに、あの頃の秘密基地に行こうとしていた。久しぶりの故郷にどこか緊張しつつも、心の奥底で何かを期待している自分がいた。


「やあ、久しぶりだね」


不意に声が聞こえ、僕は驚き振り返った。そこには、十年前と変わらない姿のヒナが立っていた。信じられないことに、彼女は微笑んでいた。


「ヒナ…なのか?」


僕は声を震わせながら聞いた。彼女は優しく頷くと、僕の目をまっすぐに見つめた。


「ねぇ、私がこの世を去る前にね、一つやり残したことがあるんだ。それを叶えてくれないかな?」


彼女が言うと、僕は戸惑いながらも、かつての仲間たちを集める決意をする。ヒナの願いを叶えるために。彼女が戻ってきた理由を知るために。


それから数日後、僕は地元に残っている仲間たちを探し出し、一人ずつ秘密基地に呼び出した。彼らも、ヒナが戻ってきたことを聞かされると、最初は半信半疑だったが、実際にヒナと再会すると言葉を失ってしまった。


秘密基地で久しぶりに顔を揃えた僕たち。だけど、それぞれに大人になった心の傷があり、ヒナの死をきっかけに壊れた関係をどう修復すればいいのか誰もわからなかった。


「昔みたいに、もう一度みんなで花を見に行こうよ」


ヒナは微笑んだ。かつて僕たちが探していた、名前もわからない野の花。その花を見つけた時、僕たちはきっと昔に戻れるのだと、ヒナは信じていた。


しかし、その言葉を聞いた瞬間、皆が抱えていたそれぞれの感情が爆発する。誰もが自分を責めていた。自分がヒナを助けられなかったこと、仲間との絆を保てなかったこと。


「俺たちは、もうあの頃のようには戻れないんだ」


そう呟いたのは、幼なじみのユウタだった。彼はずっと、ヒナの事故を自分のせいだと思い込んでいた。


「そんなことないよ。だから、もう一度やり直せるんだよ」


ヒナはそう言い、僕たちを山へと誘った。


山の頂上に着くと、そこには僕たちが昔から探し続けていた、名前のわからない花が咲いていた。それは真っ白で、どこか儚げな花だった。


「これだよ、私が見たかった花。ありがとう、みんな」


ヒナは嬉しそうに笑った。そして、薄くなっていく彼女の姿を僕たちはただ見つめていた。ヒナの願いを叶えたことで、彼女はようやく成仏することができるのだと、誰もが悟った。


「ごめんな、みんな。俺、今までずっと…」


ユウタは涙をこぼしながら、僕たちに謝った。だが、それは彼だけのせいではなかった。みんなが心のどこかで、ヒナの死を引きずっていたのだ。


「これで終わりじゃない。今度こそ、また一緒に未来を作ろう」


僕たちは新たな決意を胸に、彼女の願いを胸に刻んだ。そして、ヒナの花は静かに風に揺れながら、僕たちを見守っているかのようだった。

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短編恋愛 MKT @MKT321

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