「届かない想い、交わらない道」

悠太は20代半ばの社会人。仕事はそれなりに充実していたが、どこか心の中に空虚さを感じる日々を送っていた。そんなとき、友人に勧められて始めたマッチングアプリで奈緒という女性と出会った。最初は軽い気持ちでメッセージを送り合っていたが、次第にお互いの価値観や考え方が重なることに気づき、悠太は彼女に惹かれていった。


「会ってみない?」


悠太は、初めて奈緒に会いたいと伝えた。メッセージだけではなく、実際に彼女に会いたい。会って話したい、もっと彼女のことを知りたい。そう思ったのだ。しかし、奈緒の返事はこうだった。


「ごめん、今ちょっと仕事が忙しくて…。」


仕事が忙しいのは仕方ない。悠太はそう納得し、次の機会を待つことにした。しかし、それからも何度も会う約束をしようとしたが、奈緒は「体調が悪い」「友達との予定がある」など、理由をつけて断り続けた。


不思議だった。メッセージの中ではお互い引かれ合い、深い話もしている。それでも、彼女は会うことを拒む。その理由を知りたいと思ったが、悠太は強く追及することを避けた。彼女の気持ちを尊重したかったからだ。


そんなある日、奈緒から長いメッセージが届いた。


「実は、私には言えないことがあるの。数年前、私の夫が自殺したの。私が彼を守れなかった。あの家は、彼の思い出が詰まっている場所で、私はそこから離れられないの。」


夫の自殺――それが奈緒の抱える秘密だった。悠太はその言葉に息を飲んだ。彼女が会おうとしない理由がわかった。奈緒は過去に囚われ、夫の死に対する罪悪感から逃れられずにいたのだ。


「会わなくていい。俺は待ってるよ。無理しなくていいんだ。」


悠太はそう返信した。彼女が抱える痛みを理解し、少しでも寄り添いたかった。だが、奈緒はそれでも家を出ようとはしなかった。


悠太は何度も考えた。奈緒をどう支えればいいのか。彼女が抱える過去を背負うのは簡単ではない。彼女を助けたい、しかし、それ以上に彼女が自ら一歩を踏み出さなければ、二人の関係は進展しないのではないか。そう考えるうちに、彼の心にも次第に限界が近づいてきた。


そして、ついに悠太は決断を下す。これ以上待ち続けることは、彼にも、そして奈緒にも良くないのではないかと思ったのだ。彼女を解放すること、それが自分にできる最善の選択だと感じた。


「奈緒、ありがとう。君のことは忘れない。お互い、別々の道を歩んでいこう。」


最後のメッセージを送った後、悠太は静かにスマートフォンを置いた。奈緒からの返信は、「私も、ありがとう。」それだけだった。


彼女の顔を見ることはなかった。二人の道は、最初から交わらない運命だったのかもしれない。それでも、悠太は彼女のことを心に留めながら、新たな一歩を踏み出そうとしていた。


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