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 ◇



 四葉は病室のベッドの上に横たわる菖を、じぃっと見ていた。

 今いるこの場所は、鳴崎が運営に関わっている隣町の病院で、四葉たちを運んでくれたのも、この病院が所有する私設の救急車だという。

 影でこの国を支える『護家』の仕事は、常に死と隣り合わせだ。昼夜問わず、魑魅魍魎と戦い続ける祓い師たちのために、優先して治療を受けられるよう作られた病院らしい。

 ──菖くんは、本当に知らない世界で、戦ってきたんだね。

 四葉は受けた傷が比較的軽傷だったので、治療を受けた後、菖の病室にやってきた。たくさん霊力を使っていたので、きっと『補給』が必要なはず。『補給』は同じ空間にいるだけでもできるので、それなら少しでも近くにいようと思ったのだ。

 菖は比較的大丈夫そうだが、陽葵のほうは重症らしく、まだ顔を見ることは出来ないと言われてしまった。

 顔や頭に包帯を巻いた菖の顔を、四葉はベッド脇の椅子に座って、ぼんやりとただ眺める。

 不意にノックの音がして、病室のドアが開いた。

「失礼するよ」

 入ってきたのは広場で見た、深い臙脂色のスーツの男性。ジャケットは陽葵を運ぶ際に使ったためか羽織っておらず、同色のベストを着ている。明るいところで見ても、菖に実にそっくりだ。

「黛 四葉くん、だったね。初めまして、菖の兄の鳴崎 かなめと言います」

「あ、は、はじめまして」

 四葉は慌てて椅子から降りて、頭を下げる。

 菖が成長したら、こんな感じになるのだろうか、というくらいに似ていて、目元がタレ目なところだけ少し違う。そのせいかとても柔和な雰囲気のある人だった。

「今回は、大掛かりなことに巻き込んでしまって、申し訳ないね」

「……い、いえ」

「我々の仕事や状況、そして菖については、一通り話を聞いているかな?」

「はい、一応」

「実は今回の件は『神域』の破壊からすでに、菖を狙った他家による悪質な嫌がらせだと判明してね」

 あの妖魔の痕跡を始め、『神域』の破壊について様々な観点から分析していたところ、『神域』が破壊される前夜、監視カメラに映っていた猫の石像を広場に持ち込んでいた不審人物が、鳴崎と敵対している家の者だと判明したらしい。

 妖魔は一度『神域』周辺を荒らした後、猫のマスコットに擬態して町内を移動し続け、まるでまだ『神域』に執着しているように見せていたようだ。

 そうして再び修復の完了した『神域』に戻るだろうと予測させ、菖と四葉を誘き出すところまで、向こうの計画の内。『神域』で戦っても勝てないほどの実力差を見せつけ、目の前で四葉を拐うことで菖の心を折ろうとしていたのだろう。

 しかし妖魔の誤算は、他家の介入に気付いた要が直接助っ人にきたことと、菖が『日本刀』を扱えるレベルになっていたことだ。

「怖い思いをさせてしまって、本当に申し訳ない。弟に代わって謝罪します」

 一通りの説明を終えた要が、深々と頭を下げる。

 四葉は慌てて両手を振った。

「い、いえ……! 無事だったので、大丈夫です」

「聞いていた通り、だいぶ謙虚な子だね」

 顔上げた要がにっこり笑う。笑った顔は、本当に菖にそっくりでドキリとしてしまった。

「……君に出会う前まで、菖はまだ日本刀を持つことすら出来ないレベルだったんだよ」

「そ、そうなんですか?」

「大きな霊力を扱えば扱うほど、基礎となる力も強く大きくなり、『日本刀』を扱えるようになる。妖魔は『日本刀』でないとを斬ることが出来ないからね。四葉くんのおかげで、かなり成長できたようだ」

「……お役に立てなら、よかったです」

 自分ではそんなに出来ることはないと思っていたけれど、思っていた以上に、貢献出来ていたらしい。

 強くなりたいと思っている彼の、その手助けが出来ていたのなら、これ以上になく幸せだ。

「今回の契約は『神域』の修復と、『霊具』の完成までと聞いている。神社は来週にも竣工式が行われるが、陽葵も菖もしばらくは動けないだろうから、私から渡しておこう」

 要はそう言うとベストのポケットから、グレー色の小さな細長い箱を取り出す。

 四葉が箱を受け取り開けると、チェーンを編み込んだ、一見するとおしゃれなブレスレットが入っていた。銀色と紫を帯びた二色のチェーンで作られた、繊細なデザイン。

「視覚補助と霊力の隠匿、それから追加の要望で『破魔』の効果を三重がけしたブレスレットだ。これをつけている間は、護符をつけていた時と同等の効果を発揮するよ」

「『破魔』の効力も、あるんですか?」

 確か最初に約束した時は、自分から悪霊を避けられるよう視覚補助と、悪霊が寄ってこないようにする隠匿の力を持ったものを作る、と言われていたのだが。

「ああ、そこそこの悪霊なら跳ね除ける力があるよ。もし膨大な霊力が些細なことからバレて、悪霊が君に手を出そうとしてきたら、途端に霧散してしまうだろうね」

 チェーンについている細かい模様だと思ったものは、護符などにも書かれている呪文らしい。

「……きれい」

「霊力をもった職人がしっかりと製作しているので、効果は保証するよ」

 紫色を帯びた小さな板状のチェーンに、銀色の楕円チェーンが絡みつくように組み合わされたブレスレット。

 ──菖くんの色だ。

「ありがとうございます」

「こちらこそ、長期間にわたり菖に協力してくれて、本当にありがとう」

 要が再び、深々と頭を下げた。

 それから顔を上げた要はにっこり笑う。

「私は陽葵の様子を見てくるよ。もし菖が目を覚ましたら『補給』をしてもらえるとありがたい」

「……分かりました」

 それじゃあ、と要が出ていったのを見送って、四葉は早速ブレスレットを腕に巻いた。

 自分にはなんとも不似合いなアクセサリーだが、腕時計と一緒につけていれば、そこまで目立たないだろう。

 これでようやく、自分は『不幸の四葉』ではなくなる。

 ──これでもう、僕の役目は終わりだね。

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