3-3
◇
仕事の『現地』までそのまま行くと、運転手を巻き込む危険性があるので、二人は駅でタクシーを降りた。
駅は夕方ということもあって、帰宅途中の学生や会社員、駅前商店街で買い物をする人などで溢れている。
「たしか、西の方の踏切だったな」
「うん、たしかこっちの道から──」
線路沿いの道を歩いて向かおうか、と人混みを分けて歩いていると、突然よく知る顔が目の前に現れた。
「あれ、四葉?」
「えっ三葉お姉ちゃん!」
よくよく考えれば、夕飯の買い物をする時間。今日の夕飯当番は三葉なので、駅前にいてもおかしくはない。しかし、いつもなら近所のスーパーで買い物をするはずだが、駅前にいるのは少し珍しい。
「こんなとこで何してんのー?」
「あ、えっと。例のボランティアで、今日は駅の近くでやるって話で……。三葉お姉ちゃんこそ、なんでここに?」
「駅前のスーパーで今日特売やってるって聞いてさぁ」
三葉が楽しそうな声で答える。
普段はすぐそこのコンビニ行くのも面倒だからと四葉に買いに行かせる三葉だが、お買い得商品の情報や特売の日などになると、少し遠い駅前スーパーまで喜んでやってくるタイプである。
今日の特売で何が安いかと三葉が説明するのを聞かされている四葉に、隣にいた菖が不思議そうな顔をして小声で聞いてきた。
「……なぁ、ボランティアってなんのことだ?」
「『仕事』のこと、清掃ボランティアの手伝いって言ってあるの! こないだ言ったじゃん!」
「ああ、言ってたなそんなこと」
家族に『仕事』で帰りが遅くなる時の口実として、ボランティアの手伝いを頼まれていることにした、と菖と陽葵には話してある。
普通に話したことを忘れていたらしく、菖が納得した顔をした。
一通り特売で買うものについて話し終わった三葉が、くるりと菖の方を向く。
「あ、もしかしてその子が、一緒にボランティアしてるっていう同級生?」
「……鳴崎といいます」
菖は少し驚いたようだったが、すぐに普段学校で周りに見せているような、静かな表情で簡単な挨拶をした。
「わぁ、すーごい美人さん!」
三葉はグイッと菖に顔を近づけて、感嘆の声を上げる。
「あ。四葉、邪魔になってない? 器用な子ではあるんだけど、昔っからそそっかしくて、迷惑かけてないか心配してて」
「……まぁ、そういうとこはありますね」
「ちょっと!」
いつものすました顔で菖が平然というので、四葉は思わず菖を小突いた。
「でも、すごく助けてもらっているので、ご心配なく」
あまり見ない、優しく笑った顔で言うので、四葉は少しばかりドキッとしてしまう。
──そんな笑い方、するんだ。
うっかりときめいてしまった四葉と違い、笑いかけられたほうの三葉は、あっけらかんとしていた。
「ほんとー? ならよかったぁ」
それからふと腕時計を確認して、あっ! と声を上げる。
「あ、そろそろタイムセール始まる! じゃあ、お姉ちゃん戦ってくるから! 四葉もがんばってね! 夕飯までには帰るんだよ!」
そう言って三葉は「夕飯はオムライスだからねー!」と叫びながら、嵐のように去っていった。
「……オムライスか、いいなぁ。なぁ、四葉?」
「大変失礼いたしました……」
菖がニヤニヤ笑いながら言う。
初めて会う人間にも、その自由奔放さを見せつけた姉のことが恥ずかしくて、四葉は顔を真っ赤にして項垂れた。
「さ、『現場』に向かうぞ」
「はい……」
線路沿いの狭い道を二人で歩きながら、目的の踏切を目指す。
空は少し水色が白み始めていて、夕方の訪れを知らせ始めていた。木刀の交換で一度帰宅したので、予定より少し遅い時間。
「お前のお姉さん、あんま似てないな」
「よく言われるー」
やはり菖でもそこは気になったようだ。
見れば見るほど、本当に姉弟か? と疑われてしまうのだが、きちんと血の繋がった姉弟である。
「気になったんだけど、姉が『三葉』でお前が『四葉』ってことは、上にまだいんの?」
「うん、上に双子の兄と姉がいて、三番目がさっきの三葉お姉ちゃん、僕が末っ子の四番目」
「上の人らの名前は?」
きっと菖も、悪意なく聞いているのだろうが、四葉は少し躊躇ってしまった。なので、念の為確認しておく。
「……笑わない?」
「え? まぁ、うん」
「上から、若葉、双葉、三葉、四葉ですっ」
「……マジかよ」
あっさり約束を放棄して、小さく肩で笑われてしまった。
「もー! 笑わないでよぉ!」
「悪い悪い。だってそんな。……つけるかよ、普通」
よほどウケたらしく、珍しく菖が笑いすぎで出た涙を拭いている。
今回ばかりはその普段見せない様子に免じて許してやろうかな、と四葉は思ってしまった。
「……どんな家族なの?」
「僕とお父さん以外は美人です」
「は?」
「もう亡くなっちゃったんだけど、お母さんが昔モデルさんやってたくらいの美人でさー。その遺伝子をついだ上の二人は今モデルやってるし、最近、三葉お姉ちゃんもスカウトされたって言ってた。断ったらしいけどね」
四葉はそう言うとスマホを取り出し、画像フォルダを開く。その中から、家族みんなで映った写真を選んで大きく表示して見せた。
父と母、そして兄姉弟、家族全員が揃った写真。
母にそっくりな上の兄姉に対し、一番小さい四葉は本当に父にそっくりだった。
「……四葉は父親に似てるんだな」
「よく似てないとか平凡顔とか言われるけど、家族みんな仲良しだし、すっごく優しいよ」
見た目は違っても、みんなそれぞれ何かしら両親の癖を受け継いでいて、それに気付くたびに、みんなで笑い合うような、そんな家族である。
そんな暖かい居場所だからこそ、四葉は家族が一番大好きで、一番大切なのだ。
「今はお父さんと三葉お姉ちゃんと、僕の三人暮らしでね。夕飯は交代で作ってるの」
「それでお前の姉さん、今日はオムライスだよーって言ってたのか」
「あはは……うん、そう」
「……いいな」
菖がポツリと小さく言った声が、突然カンカンカンカンと鳴り響き始めた踏切の音にかき消される。
話しながら歩いているうちに、問題の踏切近くまでやってきたようだった。
不意に歩いていた足が小さな何かを蹴飛ばす。
「ん?」
ツリ目の猫のマスコットだ。キーホルダーか何かの金具が付いているので、誰かが落としたものらしい。四葉はそっと拾い上げる。
「あ、ツリ目猫だ」
「なんだそれ?」
「知らない? 最近人気のキャラクターだよ。三葉お姉ちゃんが好きでさ」
流行っているからか、最近はよく見る気がする。半月のようなツリ目で口をヘの字に結んだ、シンプルな猫のマスコット。誰かの落とし物だろうか。
──ちょっと菖くんに似てるんだよねぇ。
四葉は少しだけ笑った後、近くに塀があったので、誰かに蹴られないよう、そこへそっと置いた。
じっと四葉の様子を見ていた菖が、未だ鳴り続ける踏切のほうへ視線を移すと、眉を
「──四葉、護符つけろ」
「えっ、はい!」
言われて四葉は『視覚補助』と『隠匿』の護符をつけた。その状態で菖と同じように視線を向けると、踏切の中心に真っ黒な何かがぐるぐると徘徊している。
音がし始めた時にはいなかったあれが、どうやら踏切故障を引き起こす原因のようだ。現に今も、踏切のサイレンは鳴っているのに、遮断機が大きく開いたままで止まっている。
遠くから、電車の近づくガタガタと地面を揺らすような音が聞こえてきた。今周辺に人はいないが、下手をすると簡単に人が線路の中に入れてしまう。
菖は担いでいた木刀を袋から取り出すと、地面に先端をさして短く叫んだ。
「『封払展開』!」
一気に広がった光の円は、踏切だけでなく、周辺の道路にも及ぶ、かなりの広範囲に見える。
「とっとと終わらせて、家に帰ろうぜ」
「う、うん!」
そう言いながら、菖が踏切に向かって走り始めた。四葉も慌てて後を追いかける。
「せっかくのオムライスが、冷めちゃうもんな」
「菖くんも食べたいの?」
「別に、そういうわけじゃねーよ」
そう答える声は、なんだかいつもよりも楽しげに聞こえた。
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