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 ◇



「夕飯、オムライスがいい」

 帰ってきた菖が、要との打ち合わせを終えて先に戻っていた陽葵に、開口一番、言った言葉がそれだった。

「えっ」

 普段、菖のとる食事の殆どは、陽葵が健康面を考えて用意している。もちろん、陽葵が忙しい時などは菖本人が自分でデリバリーを頼んだり、適当にコンビニや外食などで済ませているが、ファストフードなどの好きなものに偏りがちになるので、なるべく陽葵が調整するのだ。

 菖も基本、陽葵に一任しているので自分からリクエストすることはあまりない。リクエストを聞かれても、ハンバーガーかピザしか言わないからだ。

「珍しい、ですね?」

「そうか?」

「今日の『仕事』で、何かありました?」

「あー……」

 リビングのソファに座った菖は、思考を巡らせるように空中を見る。

「……今日の四葉ん家の夕飯が、オムライスらしいから、なんかそれでオムライスの口になった」

「なるほど。よく分かりませんが、分かりました」

 陽葵はそう言うと、スマホを使って近隣の洋食レストランでデリバリーに対応している店を検索した。ちょうど看板メニューにオムライスを掲げている店があったので、早速注文する。

「しかし、なんでまた夕飯のメニューなんか」

「『現場』に向かう途中で、アイツのお姉さんに会ってさ」

「ああ、似ていないと噂の……」

「そん時に夕飯のメニュー言ってたんだよね」

「はぁ……」

 道端であったくらいの会話で、夕飯メニューを話すタイミングなどあるのだろうか、と陽葵は不思議に思ったが、菖が言うくらいなので話題になったのだろうな、と思うことにした。

「見た目は本当に似てなかったけど、アイツらはちゃんと『家族』だったよ」

 菖がどこか遠くを見るような、うっとりするように目を細めている。

 心の優しい彼を育てた家族だ。きっと、この広い部屋で一人暮らしを余儀無くされる菖にとって、眩しいくらいに暖かく、羨ましいものだったに違いない。

「そういや、陽葵はアイツの上の兄姉の名前知ってる?」

「え? はい」

「……なんだ、知ってたのか」

 つまらなそうに舌打ちをした菖に、陽葵は呆れて息を吐いた。

「そりゃあそうですよ。もともと彼は一年生の頃から『霊力過剰症』の人間として、家族構成をはじめ、他の護家ごけと繋がりなどないか、きっちり調査済みですから」

「なるほどな。だから『契約を持ち掛けたい』って言った時に反対しなかったのか」

 陽葵の言葉に、菖が合点のいく顔をする。

 国内で『祓い屋』として仕事をする家系はいくつかあり、それらは『護家』と呼ばれていた。基本的には協力関係にあるが、他家の人間の能力を借りる場合、護家の代表や上部の人間の了承が必要となる。貸し借りをもとにした余計な争いを生まないためだ。

 そのため、特別な力を持つ人間と接触する場合、護家と関わりがあるかどうか、事前にきちんと身辺調査をするのが基本である。

「でもすごいよなぁ、あの名前」

「……まさか、笑ったりしてませんよね?」

「え、めちゃくちゃ笑ったけど」

「あなたという人は……」

 学校では散々、大人っぽいだなんだ言われているが、所詮は見た目だけで、実際の菖は時々、妙に子どもっぽいところがあるのだ。

 ──明日、四葉くんに謝っておきましょう。

 きっと菖に謝るように言っても絶対しないので、自分が謝ったほうが圧倒的に早い。

「ああ、そうだ。木刀、使ってたやつ割れたから、回収しといて」

「分かりました。今日の『仕事』で割れたんですか?」

「いや、向かう途中で、四葉に持たせたら割れた」

「ええ……」

 強い霊力を込めて武器として使われる木刀は、その霊力に耐えきれずにすぐ割れてしまう。

 いくら木刀が消耗品とはいえ、持たせた途端にそうなるとは、四葉はなかなかに不運の持ち主だ。順番で決められた名前ではあるが、本当に不憫になってくる。

「だから一回こっち戻って、新しいので行ったから、『仕事』のほうは特に問題はないぞ」

「もう少し、耐性の強い木刀に変えた方がいいかもしれませんね」

「そうだな。時間できたら見に行くか」

 普通にさらっと流されてしまったが、菖が取り替えに来た時、四葉はどうしていたのだろう、と陽葵は少し気になった。

「──四葉くんは、その間どうしてたんですか?」

「ん? ああ、タクシーで待たせといても良かったけど、運転手と余計な話されてもなぁと思って、連れてきた」

「……家に入れたんですか?」

「うん。別に警戒しなくてもいいだろ、アイツは」

「それは、そうなんですが……」

 本当に今日は、珍しいことばかりあるものだ。

 基本菖は、自分や浦部家以外の人間がこの家に来るのを嫌がる。

 というのも、菖の力を欲した人間や、菖に対して過剰な好意をもった人間が無断でやってくることが多かったからだ。今でも必要最低限の人間にしかこの家の住所を明かしていない。

 そんな人間が、四葉を招き入れたというのは、本当になかなかの事件だ。

 ──彼は案外、本当に『幸運のクローバー』かもしれませんね。

 つい、顔が綻んでしまう。

「……なんだよ。気持ち悪い顔しやがって」

「いえ、菖はだいぶ四葉くんのこと、気に入ってるみたいだなぁと思いまして」

 少しずつ、菖は四葉に心を開いているようだ。

「別に、そういういわけでは」

 菖がムッとした顔でそっぽを向く。

 ふと時計を見ると、だいぶ時間が経っていた。もう少ししたらデリバリーが届いてしまう。

「あ、そろそろシャワー浴びてきてください。届いちゃいますよ、オムライス」

「あぁ、そうだな」

 時計を見た菖も、そう言ってリビングを出ていった。

 シャワーへ向かう菖を見届けた陽葵は、木刀を保管する棚の、一番下を覗く。縦に大きく、派手に割れた木刀が転がっていた。

「なんだか私も、オムライスが食べたくなっちゃいましたね」

 自宅では、母がすでに夕飯を用意してしまっている。明日リクエストしてみようか、と考えながら、陽葵は廃棄する木刀を布にくるんでリビングを後にした。

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