1-3 *
◇
不幸体質の四葉にとって『友人と一緒に下校する』のは、かなり久しぶりだった。
高校に入学したばかりの頃に、何も知らないクラスメイトと帰っていたことはある。しかし四葉の引き寄せる災厄に巻き込まれることが多々あり、一緒に下校してくれる友人がいなくなってしまった。
四葉本人としても他人を巻き込みたくないし、迷惑をかけたくはない。なので塾も部活も、他人と一緒に下校するのも、諦めていたのだ。
──それがまさか、学校の人気者と一緒に下校することになるなんて。
今日は結局、午後からも特に大きな不幸が起きることなく放課後を迎え、菖と陽葵は昼休みの約束通りに教室に迎えに来てくれた。
教室に残っていたクラスメイト達は驚愕していたし、四葉の不幸体質を知っていた生徒がそれとなく忠告をしたのだが、菖は『俺が誰と一緒に帰ろうが、君には関係ないだろ?』と一蹴してしまった。
──明日、女子から詰められそう……。
学校には菖のファンクラブというか、親衛隊のような人たちがいると聞いている。契約のことを知ったら殺されてしまうかもしれない。
──秘密にしなきゃ。
そんなことを考えながら、先をいく菖と陽葵の後を、四葉はおとなしくついていった。
二人は学校を出ると、自然公園の方へ向かい、公園を通り抜けたその先にある、大きな商店街のほうへ歩いていく。
仕事をするとは聞いているが、こんな人通りの多い場所でやるのだろうか。それから、菖が通学鞄とは別に持っている、細長い棒状のものを入れた布の袋。まるで剣道で使う竹刀か何かが入っていそうな感じだが、それも気になる。
「あ、あの。今日ってどこまで行くの?」
「この商店街の裏手にある、駐車場のほうです」
「じゃあそこに、悪いお化けがいるってこと?」
「そういうことー」
菖の返答に、四葉は思わず空を見上げた。
授業が終わり、掃除当番だった菖達を待ってから学校を出たくらいで、まだ空には綺麗な水色が広がっている。
「……まだこんなに明るい時間なのに、お化けって出るんだ」
「彼らに時間はあまり関係ないんですよ。種類によっては、太陽の光が苦手なのもいたりはしますが」
「本当に厄介で強い奴は夜中に出てくることが多いし、そういうのは大人の仕事だ」
「大人? 他にも『祓い屋』の人がいるの?」
意外な単語に四葉は驚いてしまった。
てっきり二人だけでやっているのだと思ったのだが、どうやら違うらしい。
「ええ。この仕事は何も私達だけでやってるわけじゃないんですよ。ちゃんと大きな組織ぐるみでやっていて、大人の祓い師もちゃんといます」
「俺が任されてるのは、まだ比較的簡単な奴だけだ。半人前だからな。……もっと、強くならないと」
菖がぐっと強い瞳で前を見ているのが、なんだか印象的だった。
──案外、ちゃんとしてるんだな。
強くなるために、日々努力している人の表情だ。
横暴で自分勝手なイメージが、ちょっとだけマシに見えてくる。
商店街の終わりが見えてきたあたりで、狭い小道を横に入った。そこを奥まで進むと、その先に建物の影に隠れるように、寂れた駐車場がある。
「……ウヨウヨいるなぁ」
「結構多いですね」
駐車場を眺める菖と陽葵が渋い顔をしていた。
しかし四葉には普通の、車が数台駐まっている駐車場にしか見えない。
「な、何がいるのやら……」
「ああ、四葉くんは視えないんでしたね」
困惑する四葉に気付き、陽葵は通学鞄の中から小さな紙を一枚取り出した。そこには中央に赤い色で目玉を思わせる模様が大きく描かれ、その四隅に漢字とも記号とも取れる文字のようなものが配置されている。
「失礼」
陽葵はその紙を、ぺたりと四葉の胸元に貼った。
「これは?」
「四葉くん、駐車場のほうを見てもらえますか?」
言われて陽葵の指さす通りに駐車場へ目を向ける。
すると、何もなかったはずの駐車場は奇妙な黒いモヤで覆われており、その隙間を縫うように黒いドロドロとした生き物のようななにかが、ズルズルと駐車場内を徘徊していた。
「なにあれっ」
「ああ、ちゃんと視えてますね。あれがいわゆる悪霊です。あれは地縛霊ですかね」
「うぇぇ、気持ち悪い……」
見ているだけで、なんだか不安な気持ちになる、黒くておぞましい不気味な生き物。知らなかっただけで、こんなのがいろんな場所にいるのかと思うと背筋がゾッとした。
「黒いモヤのようなものがありますよね、あれが『澱み』です。あれが溜まると、ああいう悪霊などが棲みつき、事件や事故などの良くないことが起きるんです」
「この駐車場でも、数週間前に駐めてあった車の中で、集団自殺があったんだ」
「えっ!?」
「魔に魅入られたんだろ。数が多いのもそのせいだ」
『澱み』の中に潜む悪霊達は、いつだって闇の中から見ている。弱い心につけ込んで、死の淵へ引き摺り込む隙を狙っているのだ。
「ちなみに四葉くんには、ああいう感じのがたくさん憑いてたんですよ」
「ほ、ホントに?」
「ええ、だからそのせいで、稀に見る『名前負けする不幸』ばかりが起きていたわけです」
「な、なるほど」
知らなかったとはいえ、あんなのが常にそばにいたら、良くないことが起きても不思議ではない。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……うーん、多いな」
菖は駐車場に
「……陽葵、四葉は『結界』に入れておけよ」
「了解です」
答えた陽葵が、パンと大きく音を立てて両の手を合わせる。すると、四葉と陽葵の二人の足元を、ぐるりと囲むように丸い光の円が描かれた。
「け、『結界』?」
「はい、向こうにこちらを気付かれないようにする『結界』です。菖に多少霊力を渡してあるとはいえ、四葉くんはかなり強い霊力の持ち主ですからね。そのままだと悪霊達の餌になっちゃうので」
「……ヒェ」
「なので、菖の仕事が終わるまではくれぐれも外に出ませんよう」
「はい……」
四葉が『結界』に入ったのを見届けると、菖はゆっくり駐車場の『澱み』の深いほうへ足をむける。
そして木刀の切っ先を
「俺の担当地域で好き勝手はやめてもらうぞ」
木刀の刃の部分が光り輝く。するとモヤの中でフラフラと不規則に歩き回っていた悪霊達が、一斉に菖のほうを見た。
「……こいよ、きっちり狩ってやる」
菖がそう言うが早いか、悪霊の一体が鉤爪のような手を勢いよく伸ばす。しかし菖はひらりと躱し、光り輝く木刀で伸びてきた黒い手を縦に横にと切り刻んでしまった。
それを敵対とみなしたのか、悪霊達は四方八方から一斉に襲いかかってくる。それでも菖は全く臆することなく繰り出される攻撃を避け、木刀で断ち切り、霧散させていく。
「……すごい、綺麗」
四葉の口からポツリと言葉が零れた。
黒いモヤの中を、美しい光を纏った少年が縦横無尽に駆け回り、闇を断ち切っていく。
まるで奉納のために用意された、剣舞を見ているかのようだった。
「綺麗な紫色……」
動き回る菖の纏う光は、美しくて力強い、彼の名前にピッタリな色をしている。
「ああ、菖の霊気の色ですか?」
「はい」
「あの紫紺色は『破魔』の色です。基本的に霊力は白っぽい光に視えるんですが、菖は『破魔』──魔を断つ力を帯びた霊力を扱えるので」
「霊力にも種類があるんだね」
「ええ。効力によって少し色味が変わるんです。この『結界』は少し黄色みを帯びてるでしょう?」
言われて四葉は、自分と陽葵を囲む光の円を、まじまじと見つめた。確かにほんのりと、白よりも黄色に近い光のように見える。
「これは魔に対して警告や寄せ付けない、という意味合いを持っています。私はこの色の霊力しか扱えないので、魔を寄せ付けないようにすることは出来ても、祓うことはできないんです」
「人によって扱える力が違うんだ?」
「ええ。厳しい修行を重ねて扱えるようになる人もいれば、できない人もいます。菖は生まれつきできる人間なのですが、そういう存在はかなり稀です。そのため菖は『破魔』の使い手として、特に重宝されてるし、期待されているんです」
「なるほどなぁ」
自分の手のひらを見てみると、ぼんやりと白っぽい光が漂っていた。これが自分の霊力なのだろう。今まで視えたことはないが、陽葵が貼ったお札のおかげか、今は視えるらしい。
「四葉くんの白い霊力は、誰もが多かれ少なかれ基本的に持っている霊力で、何か特別な力を持っているわけではない、ただのエネルギーの塊みたいなものですね」
かなりの量の霊力をもっていても、それ自体は平凡なもののようだ。どこまでも自分らしいな、と四葉は内心呆れる。
「でも、だからこそ、菖の力になりえるし、悪霊達の餌にもなるんです」
「……そっか」
どこまでも平凡な力だけれど、たくさんあるのはそれはそれですごいことらしい。そしてそれが、菖の役に立てるのかと思うと、なんだか不思議な感じがする。
四葉が陽葵と話している間に、黒いモヤに包まれた駐車場では、紫紺の光に悪霊達が刻まれ続けていた。そうして薄暗いモヤが綺麗に晴れる頃には、空に水色からオレンジ色のグラデーションが描かれている。
「……こんなもんか」
黒いモヤがなくなり、ただの駐車場となった場所で菖は一人汗を拭った。これでもう、ここで誰かが魔に魅入られて亡くなったりすることはないだろう。
菖が息をついているところへ、駐車場の入り口で見守っていた四葉は勢いよく駆け寄っていった。
「すごい! すごいね、菖くん!」
「何がだ」
「だってあっという間にズバーって! ビヤーって!」
「……なんだその語彙力」
「なんていうか、すっごく綺麗だった!」
正直な感想を伝えたいのだが、どうにもうまく纏まらない。
当の菖には、困惑したように眉を顰められた。しかし、怒っているわけではないらしい。
菖は少しばかり屈んで、四葉に顔を近づけて。
「……お前は、お前の『仕事』をしろ」
「へぁ?」
伸びてきた菖の手がぐっと四葉の顎を掴み、そのまま唇を合わせた。
昼休みと違い、しっかり唇同士をくっつけられて、呼吸を奪われる。
──やっぱり、慣れない。
すでに三度目ではあるが、やっぱりドキドキしてしまった。
暫くしてゆっくり解放されると、目の前には綺麗な、猫のようなツリ目の瞳。それがすぅっと細められて笑う。
「──ん。やっぱりお前は、最高にちょうどいい『非常食』だな」
「ひ、非常食!?」
予想外の単語に思わず声がひっくり返った。
さっきまで無駄にときめいていたのに、ときめきを返してほしい。
「協力してもらってるのに、ひどい言い方しますねぇ」
「他に何か言い方あるか?」
「そう言われると思いつきませんが──」
「あの、もう『非常食』で、大丈夫です……」
この人はたぶん、こういう人なのだ、と四葉は脱力しながらそう言った。
才能あふれる王子様で、努力も怠らないすごい人だけど、他人への配慮を全く気にしない人なのだ。
「じゃあ、そろそろ帰りましょうか」
陽葵がスマホのアプリを使ってタクシーを呼ぶ。移動にタクシーなんて贅沢だなぁとは思ったが、組織としてやっている仕事だからあまり気にしてないのかもしれない。
数分後には駐車場の、車が出入りする近くまでタクシーがやってきていた。
「四葉くんのお家って、自然公園のほうですよね? 送っていくので四葉くんもぜひ」
「あっ僕、買い物して帰らなきゃだから」
「そうか」
今日の夕飯当番は四葉なので、そのための買い物もあるのだが。
──色々歩きながら、頭冷やしたいし。
いろんなことがありすぎたので、二人と離れて少し整理もしたかった。
菖と陽葵がタクシーの後部座席に乗り込むと、窓を開ける。
「じゃあ、また明日、学校で」
「うん、また明日!」
走り去るタクシーを見送って、四葉は商店街の方へフラフラとした足取りで歩き出した。
不意にコツンと足が何かを蹴飛ばす。最近よく見かける、猫のマスコットのようだ。意地悪そうなツリ目が菖のように見える。
「菖くんの落とし物……? そんなわけないか」
四葉はふふっと笑って、駐車場の端にある塀の上にそっと置き、それから商店街へ向かって再び歩き出した。
「……いい子ですねぇ、四葉くん」
タクシーの後部座席で、陽葵がニコニコしながらそう言うのを、菖が呆れたような顔で見る。
「お前、あいつ同級生だぞ、一応」
「そうですけど、なんか弟とかいたらこんな感じなのかなぁと思ってしまって」
「まぁ、同い年には見えにくいな、チビだし、童顔だし」
自分も末っ子なので、陽葵の気持ちは分からなくない。
不幸体質の割にクラスメイトから虐められたりしている様子もなく、基本的に周りからの好感度は高いタイプだ。
お人好しで純真。そして素直、だからだろうか。
こちらの突拍子もない契約にも『役に立てるのなら』と渋ることもなく了承してくれた。
悪い人間ではなさそうだ。
──……綺麗、か。
鳴崎家に久々に現れた『破魔』の使い手。
期待の星。
強くならなければいけなかった。
だからがむしゃらに鍛えてきたし、修行のために家族と離れて暮らすのも苦ではなかった。
あの紫紺の霊気を、素晴らしいと言われたことはあるが、両親も兄姉も、まだまだと言う。
褒められたことなんて、一度もない。
だから、そんなふうに誰かに言われるなんて。
「……初めて言われたな」
車窓から見える街並みの、オレンジ色が濃くなり始めた空を見つめながら、菖はポツリと呟いた。
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