2)追いかけっこと本当になる嘘
2-1
「四葉、顔貸せ」
「は、はいっ!」
菖と契約を交わして以降、昼休みになると時々菖が迎えにくるようになった。
一緒にお昼を食べるため、机同士をくっつけていたクラスメイト達に向かって四葉は頭を下げる。
「ご、ごめんね。今日は菖くん達と食べてくるから……」
「おー、いってらっしゃーい」
クラスメイト達に見送られ、四葉はお弁当箱を持って菖の後をバタバタと追いかける。
──呼びにきたってことは、今日も『仕事』かぁ。
ここ最近は、昼休みにその日にこなす『仕事』の打ち合わせをしておくようになった。菖たちと四葉はクラスが違うため、ゆっくり話せる時間がなかなか取れず、放課後になったらすぐ『現場』に行けるよう、仕事のある日は打ち合わせを兼ねて昼食を一緒にとることにしたのだ。
もちろん、菖が定期的に呼びにくることで、クラスの女子達から「どういうことだ」と問い詰められる事件も発生したが、本当のことを言うわけにもいかず。『祓い屋』のことは伏せつつ「彼の仕事の手伝いをしている、詳細は言わないように言われてるので話せない」という形で乗り切った。
そのおかげなのか、クラスの女子達もハンカチを噛みつつ、菖についていく四葉を見送ってくれている。
──『非常食』になってから、色々変わっちゃったなぁ。
なんの取り柄もない、平凡なだけの自分が、キラキラしたすごい人たちにとって必要な、手助けのできる存在になるなんて、未だに変な感じがする。
菖を追いかけて着いた場所は、校舎とグラウンドの間にある小さな中庭の、校舎裏でも教室からは死角になるような位置。最初に呼び出された所と同じなのだが、菖と陽葵は普段からここで昼食をとっているらしい。
「今日の『現場』は、駅向こうの小学校近くにある児童公園です」
仕事で向かう場所──『現場』は、町内のあちこちだという。清宮町内で一番大きな自然公園周辺のほか、最寄り駅から街外れの空き家や線路沿いなど、祓うべき場所は様々だ。
「児童公園……」
「何が出るんだ?」
陽葵が地図を広げて指し示した箇所を、四葉はお弁当を食べながら覗き込む。
その横で、四葉のお弁当のおかずをつまみ食いしながら、菖が尋ねた。
「その公園の遊具で遊んでいると、誰もいないのに突き飛ばされたり、遊具が勝手に動いたりして、必ずケガをするんだそうです」
「住み着いてるタイプか?」
「ええ、おそらく。以前は時々あったくらいだそうですが、ここ最近はエスカレートしてるらしく。酷いケガをする子どもが増えたそうで、だれも寄り付かなくなってしまい、今は公園自体を閉鎖しているそうです。あ、許可はちゃんともらってるので、そこはご心配なく」
そう言うと、陽葵がどこからともなく『許可証』と書かれた紙と真新しい鍵を取り出して菖に渡す。
「あとそれから、今日は私が同行できないので」
「えっ」
「陽葵は兄貴の仕事の手伝いもしてるんだ。そっちの仕事だろ?」
「はい。『神域』の修復について、進捗の確認や各調査の報告を聞いてくる予定です」
菖には歳の離れた兄と姉がおり、特に兄は『祓い屋』業のサポートもしているらしい。その兄と菖の仕事を効率よく繋ぐため、陽葵は日々奔走しており、まさしく秘書のような存在だ。
「そういう仕事もしてるんだね」
「浦部家は鳴崎家のサポートをするのが仕事だからな」
四葉が関心している間にも、お弁当のおかずは一つ、また一つと菖の胃袋に入っていく。
「そういうことなので、四葉くんは菖のサポートをお願いしますね。と言っても、仕事の後の『補給』と帰りのタクシー呼んだりとか、ケガした場合の手当てくらいなんですが」
「わ、わかりましたっ」
「『視覚補助』と霊力を隠してくれる『隠匿』の護符も渡しておきます。四葉くんは視えないのにダダ漏れですから」
そう言って陽葵は、やはりどこからともなく数枚の護符を取り出して四葉に差し出した。
「放課後、迎えにいくから教室で待ってろよ」
護符を制服のジャケットの、内ポケットにしまっていると、隣にいた菖がつまみ食いをしていた指先を舐めながら言う。
「……了解でーす」
気付けばお弁当箱の中身は、ごはんと付け合わせのインゲンの胡麻和えしか残っていない。
お弁当を見ながらしょんぼりしていると、菖が代わりとばかりに購買で買えるコッペパンを差し出してきた。
四葉がそれを受け取ると、菖は何も言わずにごろんと芝生の上に寝転がる。
──いい人なんだか、悪い人なんだか。
全く掴めない人だなぁと思いながら、四葉は菖に渡されたパンの袋を開けた。
◇
放課後になると、菖と四葉は二人で駅向こうにある『現場』へと向かった。
「えーっと、駅向こうの小学校の、近くの公園……」
陽葵から託された地図を頼りに、高校から程近い最寄り駅を通り抜け、線路沿いに西の方へ進む。遠くに小学校らしきものが見えてきた、その手前。妙に人通りの少ない道がある。
そこを進んでいくと、閑静な住宅街のど真ん中に街路樹で囲まれた広い公園が見えてきた。しかし、夕方が近いといえどまだまだ明るい時間だと言うのに、小学生はおろか、人っこ一人いない。
「……ここっぽいな」
公園の出入り口と思われる場所には、金属製の板で出来たバリケードが設置されていた。バリケードには『立ち入り禁止』『侵入禁止』『立ち入るべからず』など多種多様な札がいくつも掲げられ、頑丈そうな鍵にはこれでもかとチェーンが巻かれている。
「なにこれ……」
ただでさえ人気がなくて妙な雰囲気なのに、行政の看板以外に手書きと思われる看板がいくつも貼られている様は異様である。
「入る前に護符貼っておけよ」
「あ、はい!」
四葉は昼休みに陽葵から託された、『視覚補助』と『隠匿』の護符を身体にそれぞれ貼り付けた。
「……よし。始めるぞ」
菖はいつもの布の袋から木刀をすらりと取り出すと、公園の入り口前、四角いレンガで模様を組んだ地面に、トン、と切っ先を立てる。
「『封払展開』」
菖が唱えると、木刀の先から黄色い光が溢れ、その光はすぐに公園全体包み込むようにして走っていった。
「え、今のは?」
「何も知らない人間が入ってこないように『結界』を張ったんだ。住宅街とか人通りのある場所はこうしておかないと人目についたり、邪魔が入りやすいから」
「え、今までってやってたっけ?」
「ああ、普段は陽葵が何も言わなくても先に張ってるからな」
「……そうなんだ、気付かなかった」
木刀を肩に担ぎ、菖はスタスタと出入り口にあるバリケードのところまでいき、ガチャガチャと鍵を開け始める。
自分も彼のサポートをするのなら、『結界』を張るくらいは出来ないだろうか、と四葉はじっと自分の両手を見つめた。
真っ白で何の特徴もない霊力。視覚補助の護符がなければ霊力を視ることもできないのに。
──僕の霊力じゃあ、何にも出来ないよなぁ。
膨大な量があったとしても、何の才能もなく扱えないのであれば、どうしようもない。
「別に、お前にそこまで出来るようになってほしいとは思ってねーよ」
鍵を開け終わったらしい菖がこちらを見ていた。
「お前が『補給』をしてくれる限り、俺は霊力の残りを考えずに好きなだけ力を使える。それだけで充分だ」
いつもは仏頂面の菖が、綺麗なツリ目を細めて、どこか楽しそうに言う。
──学校ではいつも、どこかツンとすましてる感じだったけど。
クラスの女子達は以前から、その冷たい雰囲気がカッコイイのだ、と騒いでいた。
長身で眉目秀麗、冷静沈着でありながらスポーツ万能で成績も優秀。寡黙であまり表情を変えない彼は『氷の王子様』なのだ、と。
男の自分から見てもカッコイイと思うし、違う世界の住人だなと感じていた。
それが今は、一緒に『仕事』をしている時は、本当の彼は少し違うのだと分かる。
「ほら、いくぞ」
「う、うんっ」
バリケードを押し開けて、菖は木刀を肩に担いだまま、四葉は通学鞄をぎゅうっと抱きしめて、公園の中へと足を踏み入れた。
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