第13話 ブラックドックと雷の使い手

 「レスリア帝国で今年も無事にナトゥーロが行われているようじゃの。これが行われている間は比較的に平和で助かるわ。」

今日も今日とて職務に励むマルベーリの耳にノック音が聞こえてきた。

 「入れ。」

その言葉に、ハーブティーと焼き菓子をそれぞれ持った幼いシルキーの双子、リーリエとフランが入ってきた。

 「マルベーリ様、お茶と焼き菓子をお持ちしました!」

 「おお、二人共助かったぞ!そろそろ休憩したいと思っておったところじゃ。そこの机のうえに置いておいておくれ。」

 「はい!」

リーリエとフランが言われた通りにハーブティーと焼き菓子を置いた。そしてマルベーリにお辞儀をすると部屋から出ていく。



 置かれた焼き菓子を口にしながら視線を報告書に戻す。魔族に対して害なす行為を行うのは何もレスリア帝国だけではない。他の人間の国からも魔族は良い印象を受けてはいなかった。

 「自分より強いものに恐れを抱くのは仕方のないことじゃ。そして一人で挑んで敵わぬものに出会った時は集団で挑むのも道理。それは魔族も人間も変わらぬ。」


 「これ以上事が大きく前に早急に手を打たねばならぬな。」

1枚の報告書を見ながらマルベーリは思考を巡らせる。












 事は北の地にある人間の国、コニア国と魔族の国の境界近辺で起きていた。

 

 「また来たのか?ここは私たち魔族の土地だ!」

 「こちらの土地にいた獲物が逃げ込んだんだ。元がこちらにいたものなら俺達に所有権があるだろう!」 

その言葉にグルルと魔族のブラックドックが唸る。

 「お前たちの獲物はアルミラージのことだろう。あれらはお前たちが魔族の領域に入りそちらの国に追い込んだだけではないか!アルミラージは逃げ込んだのではない、元いた場所に帰ってきただけだ。」

周りにブラックドックたちが増えてきたのを見た人間たちは自分たちの力量とブラックドックたちと力量を考え、舌打ちしながらその場を去った。

 

 こうしたことがこの近辺で増えていた。


 魔族と人間たちの小競り合いは各地で起きている。人間たちだけでもぶつかり合いは起こるのだ。種族の違う魔族とのぶつかり合いが起こらないはずがなかった。


 

 「まったく……。あの手この手を使うようになってきたな。」

ここのブラックドックのリーダーが呆れかえる。

 「角が高く売れるんだかなんだか知らねーが、奴らは俺たちの獲物でもある。そう奪われてたまるか!」

 そういったのはリーダーの息子だ。このブラックドックたちの中で人の言葉を話すことができるのはリーダーの家系のものだけだ。

 リーダーの息子が吠えるとそれに続くように遠吠えを始めた。


どこかでリンと鈴の音が聞こえた。





 その頃コニア国のある酒場では不機嫌そうに男たちが酒をあおっていた。

 「ったく!あの犬どもが……あの角の価値もわかんねーくせに偉そうなこと言いやがって!」

そう言うと男は酒を一気飲みしてまた酒を頼む。

 「アイツらの角の収入があれば俺たちは今頃もっと良い酒飲んで女侍らせてたのにな。」

 「アルミラージだってやっとこさこっちの国に追い込んだってのに。」

そういった男たちはちょびちょびと酒を飲んでいた。

 「でもあの量のブラックドックたち、俺達だけじゃとてもじゃねえけど勝てねえぞ……。」

そう言った男の発言に、男たちはその通りだと頭を抱えた。


 「君たちだけでは無理なら人を増やせば良いだろう?」

そんな声が聞こえてきて、男たちは振り返る。

 そこにいたのは赤い髪の青年だった。

 「あ?お前誰だよ。」

顔を真赤にし酔っ払った男が尋ねる。

 「自己紹介がまだだったね、これは失礼。僕はヴェント・ネブーロだ。」

青年はそう爽やかに言い放った。それに酒場はざわついた。

 「ヴェント・ネブーロ?…………ヴェント・ネブーロってあの雷の使い手、ヴェント・ネブーロか?!」

赤顔の男がガバリと立ち上がる。

 「ああ、確かに僕はそう言われることが多いね。」

青年、ヴェントはそう応えた。


 ヴェント・ネブーロはコルク国の中で雷魔法を使わせたら右に出るものはいないと呼ばれる雷魔法の天才である。そんな彼の二つ名は雷の使い手という彼にぴったりのものだった。


 青年がヴェントだということがわかると男たちは敬語になった。

 「ヴェントさんは人を増やすと言いやしたけど、どうすりゃいいんですかね……?」

 「簡単なことさ。……というよりはもう達成してるんじゃないかな?ねえ、この酒場にいる人たち?」

そう言われたものたちは驚いた。


 「君たちは彼らの大声からもうアルミラージのことは知ってるだろう?君たちもアルミラージの角が欲しくないかい?」

そのヴェントの声に

 「そりゃあ……欲しいか欲しくないかって言われたらそりゃ欲しいけど……。」

 「ブラックドックがいるんじゃあな……。」

そんな声があがる。

 そんなあと一押しといった様子にヴェントはこう畳み掛けた。

 「今回の件、僕も混ぜてもらおう。君たちの心配しているブラックドックの相手、僕が請け負おうじゃないか。」

 「?!」


 「ヴェントさん、それは本当か?!」

 「ああ、任せてくれ!」

そう高らかに宣言したヴェントに

 「あの雷の使い手が絡むなら……。」

 「これはイケるんじゃねーか……?!」

 「その件、俺も入れてくれ!」

と酒場中から声があがる。

 「ほら、もう君たちだけじゃないだろう?」

ヴェントは笑ってみせた。



またどこかで、リンと鈴の音が鳴った。








 「お前たち、また来たのか。」

ブラックドックは人間たちを見下ろしながらそう言った。

 「まあな。」

 「それ以上こちらに来るな、それ以上は私たちの土地だ!」

それに人間は笑う。

 「何がおかしい?」

ブラックドックがそう尋ねると人間は大笑いする。

 「 アハハハ!私たちの土地?それは今日までだ、行くぞお前ら!」

その人間の大声を合図に人間たちが出てきてブラックドックに襲いかかる。

 しかし出てきたのは人間たちだけではなかった。ブラックドックも同時に出てきたのだ。

 「お前たちのにおいに私たちが気付かないわけがないだろう。同胞たちよ、かかれ!」


 

 こうしてブラックドックたちと人間たちの戦いが始まった。



 斬られ突き刺されていくブラックドック。

 噛み砕かれ切り裂かれていく人間。

 両陣営が次々と倒れていった。しかし時間が経つにつれ、人間側の死体が多くなる。


 "劣勢になっているのに人間たちは何故まだひかない……?"

先頭で戦うブラックドックのリーダーは人間たちの動きに違和感を抱いていた。

 "数は増えてはいるが、これでは私たちに勝てないことなどわかるだろう。このまま死体を重ねて人間たちは何を考えているのか……。"

そう考えていたブラックドックのリーダーに不自然な影がかかる。


 「上だ!」

 そうブラックドックリーダーが吠え、後ろに下がる。


 雷鳴と共に人間が落ちてきた。

 回避の間に合わなかったブラックドックたちの死体の真ん中にその人間は立っていた。

 「ヴェントさん、遅いですよお!」

 「悪いね。そこのブラックドックを狙っていたんだけど……失敗してしまったようだ。」

指を差されたのはブラックドックのリーダーだ。


 「失敗してしまった分、これからどうにかするさ。」

ヴェントは全身に雷魔法をまとわせて笑った。




 

 そこからはヴェントによりブラックドックの死体が重なりはじめた。

 ブラックドックたちの方が素早かったが、全身に雷魔法をまとうヴェントにダメージを与えることができなかったのだ。

 しかしヴェントの雷魔法はブラックドックたちにダメージを与え、殺していった。一方的な殺戮だった。生き残っていた人間たちはいつの間にか座ってヴェントに声援をおくる始末である。

 ブラックドックたちはそんな人間たちを噛み砕きたかったが、ヴェントの相手をするのに精一杯でとてもそのような余裕はなかった。



 ブラックドックたちの数も十数匹ほどになってしまい、最早これまでかと思ったその時。

 またも雷鳴が鳴り響き、雷が地面に落ちた。その威力は凄まじく、座っていた人間たちは黒焦げになっていた。

 ヴェントとブラックドックたちが上を見上げると、そこには大鷲が空を飛んでいた。


 「サンダーバード……?!しかもあんなに大きな……?!」


 驚いているヴェントに大鷲は次々雷魔法を飛ばす。自分とは段違いのその威力に避けることで精一杯だ。

 大鷲からの止まぬ攻撃にヴェントはついに逃げ出した。

 「うぐあっ!」

逃げ出したヴェントの背中に大鷲の攻撃の一つが当たった。激痛が走ったヴェントだったが、足を止めることなくそのまま逃げる。


 




 ヴェントが完全に逃げ去るとサンダーバードと呼ばれた大鷲がブラックドックたちの元に降りてきた。

 周りのブラックドックたちの死体を見て大鷲は謝罪の言葉を述べた。

 「私が着いたのはあまりにも遅すぎたようだ……申し訳ない。」

それに対してブラックドックが返す。

 「とんでもない、来てくれて助かった。あなたが来てくれなければ全滅していた。……本当によく来てくれた……。」

 「マルベーリ様の命でここに飛べと言われてな。」

 「マルベーリ様から?!」

 「この森に住むピクシーから報告が来たようで、お前たちの助けになるよう言われたのだ。」

 「そうだったのか……。」

 「お前たちのリーダーは?」

その言葉にブラックドックたちの言葉がつまる。そこにフラフラと傷だらけのブラックドックがやってきて、倒れた。

 「私が……この群れのリーダーだ……。」

助からないことは誰の目でみてもわかることだった。

 「何か私にできることはないか?」

大鷲がそう問いかける。

 「まずはあなたをおくってくれたマルベーリ様に礼を……。それから……私は息子を失ってしまった……。しかし、まだ妻と幼い子供たちが残っている……そして私の同胞も……。彼らの保護を、頼みたい……。」

 「承知した。全てマルベーリ様に伝えよう。」

大鷲の言葉に安心したような顔を浮かべ、そのブラックドックは亡くなった。








 


 「報告は以上となります。」

 「ご苦労じゃった。ブラックドックの礼と願い、確かにきいた。」

マルベーリはそう言うと地図を広げた。ブラックドックたち、それにアルミラージの移住先を決めるためだ。


 「申しわけありません……。私がもっと早く飛べれば……!」

大鷲のライがそう謝罪する。

 「お主は何も悪くない。全ては手を打つのが遅すぎた我の責任じゃ。」

 「……決してそんなことはございません……!」

ライは小さな声でそう言った。


 ライはマルベーリの"みなければならないこと","知らなければならないこと","やらなければならないこと"……その他マルベーリ多くのことを抱えていることを他のものより知っている自覚があった。

 




 「ライ、ブラックドックの件は一刻も早くどうにかせねばならぬ。彼らの一次避難先をヴェールトの領域にしたいゆえ、ヴェールトのところまで飛んでおくれ。」

 「御意。」

マルベーリが地図を見ながら書いた書状を持ち、ライはヴェールトのところへ飛び立った。

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