第8話 紅魔石の洞窟

 今日も各地から届く様々な報告書に目を通しながらマルベーリはハーブティーを飲んでいた。報告の内容ごとに書類を分けていく。

 「……これは……。」

マルベーリはある報告書に注目した。


 それは紅魔石の洞窟の主からの報告書だった。










 紅魔石の洞窟はその名の通り、紅色の魔石が採れる洞窟だ。魔族の国ではこのように単純な名前のものが多い。

 理由はマルベーリにある。マルベーリの

「わかりやすい方が良いじゃろう。」

という考えと発言により、魔族の国はこういった名前の場所などが増えていったのである。


 この紅魔石の洞窟もその内の一つだ。

 魔石において重要なのは色ではなく純度である。色はお洒落要素、といったところだ。

 純度の高い紅魔石は深紅の薔薇のように色をしていて人気のある代物だが、魔族の国でも人間の国でも中々発掘されることはなく、希少性の高いものである。

 紅魔石の洞窟の奥地には純度の高い紅魔石があるが、その魔石を採るためにはこの洞窟の主と言葉を交わさねばほぼ不可能だった。

 しかしこの洞窟の主は滅多に姿を現さず、ここから純度の高い紅魔石を採ることは困難を極めた。







 


 

 「ここが紅魔石の洞窟か……!」

入り口の手前でハジメは感嘆の声をあげた。彼は大きな盾を持っていた。

 「これはダンジョンだよ、異世界ダンジョン!」

そう言って杖を振り回すのはカエデだ。

 「何がいるのかワクワクするな!」

片手剣を携えたタダシはウォーミングアップを行った。

 「え、援護は任せてください……!」

煌めく指輪をはめたミユが両手を握りしめる。

 皆、気合充分のようだ。


 「よし、それじゃあ異世界ダンジョン"紅魔石の洞窟"の攻略を始めるぞー!」

 「おー!」

そうして四人の人間たちは洞窟の中へ歩を進めた。





 彼らが洞窟に入ってきたことを、ここの主であるルータは魔石を通して確認していた。人間たちが入ってくることは珍しいことではない。

 ルータが気になったのはそんなことではなく、彼らが持つ武具だった。彼らの武具は奇妙な魔力を纏っていた。その魔力はルータの知らない反応だったが、魔石との相性は決して悪いものではなかった。

 魔石と関わるものとして、ルータは様々な魔力を知っていたが、彼らの武具にまとう魔力は知らなかったのだ。


 「この魔力はいったい何だ……?」

魔石に映る彼らを見ながらルータは呟いた。







 




 「このランプだけじゃ明かりが足りないな……。カエデ、明かりは出せないのか?」

先陣を切るハジメは直ぐ側にいるカエデに尋ねる。

 「無理無理!私が使えるのは水魔法だもん。ミユはどう?」

手を振ってカエデは言った。指名されたミユは申しわけなさそうな顔をして、

 「ごめんなさい……。私も氷魔法しか使えなくて……。」

としょんぼりしてしまった。

 「そうしょげんなよ!全然見えねえってわけでもねえし。それにこのランプは魔石に反応して明かりの強さが変わるって言われたじゃねえか。もう少し進んでみようぜ!」

そう言ってタダシがメンバーを励ます。それに皆が頷き元気を取り戻した。



 そして彼らはこの洞窟に住むものたちの領域に足を踏み入れた。






 「"栄光の盾"、俺たちを守れ!タダシ、攻撃は頼んだぞ!」

ハジメがそう言うと盾から前方に大きな模様が浮かびあがる。彼らに牙を向けた大蛇はそれに弾かれた。

 「おう!くらえ、"烈風撃"!」

タダシがそう言って剣を振りかぶる。風の刃が大蛇を真っ二つに切り裂いた。


 「よっしゃ!」

動かなくなった大蛇を見てハジメとタダシは拳を突き合わせた。

 「さすが俺たちだな。」

 「これくらい余裕だぜ。」

 「 ウォーターショット!」

笑い合う二人の後ろからそう声がすると、彼らの後ろまで迫っていた大蜘蛛が水の弾によって撃ち抜かれた。

 「まったく……何が余裕よ。私がいなきゃきっと大怪我してたよ!」

カエデがやれやれと呆れながら言った。

 「ありがとな、カエデ。」

ハジメが頭をかきながら礼を言う。

 「皆さん、敵が増えてきました。ゆ、油断しないようにしてください。」

 「わかってるって!でもこんなやつら、俺にとって敵じゃねえよ。」

 「敵じゃなくても油断したら痛い目にあうよ」


 一定の距離を進んでから出始めた魔物たちと戦いながら彼らは先に進んでいた。



 「でもさーやっぱり良いよなあ。急にこの世界に来たのはびっくりしたけど……。異世界でさ、魔法があって……なにより俺たち神器を持った勇者だぜ?!そんでパーティー組んでダンジョン!俺が憧れてたものそのものだ!」

進みながらタダシが興奮を隠すことなく話し出す。

 「同感!私、魔法使いに憧れてたんだ。元の世界では諦めてたけど……だから今すっごく楽しい!」

 「俺もだよ。まあ、できれば俺もタダシみたいに剣を使いたかったな……。」

 「私も……楽しいです!魔法を使えて、こうして冒険して……。まるでゲームみたい……!」

そんな皆の談笑に反応したかのようにランプの明かりが輝きを増した。

 「?!これって……!」

 「魔石が近くにあるってことじゃん……!」

 「早く先に進もうぜ。」

 「おう!」


 彼らは先に進んだ。

 ランプの輝きが増していくのと同時に魔物の数は増えていったが、彼らは上手くフォーメーションを組みながら次々と倒していった。


 そして……。

 「……すごい……!」

ランプの明かりがひらけた場所全体を照らす。

 そこにあったのは見渡す限りの紅魔石だった。ランプの明かりによってキラキラと輝く魔石たちに彼らは魅了された。



 「あ、あはは……あはははは!こりゃすげえ!コレ全部売ったら俺たちこの世界で億万長者になれるんじゃねえ?!」

タダシが駆け出したのと期に、他のメンバーも駆け出す。

 「すごいすごい!私たちが見つけたから私たちのものだよね?!」

 「こんな綺麗な石、初めて見ました……!」

 「俺たちやったな!ダンジョン制覇だ!」


 子供のようにはしゃぐ彼らは気付かなかった。いや、はしゃいでいなくとも彼らでは気付くことはできなかったであろう。


 「騒がしい。静かにしろ。」

 「え……。」

 カエデの身体が中に舞う。そしてベシャリと音を立てて地面に落下した。赤い血が地面に広がる。

 「何が来たかと思えば人間か。」

振るっているのは尾だろう。赤い目、太く長い体に翼が生えた姿に彼らが出した答えは。

 「…………ドラゴン……?」

彼らの目にはとても追えない速さで振るわれた尾はハジメの心臓を的確に貫いた。

 ハジメの胸元から夥しい血が噴き出す。


 「私は翼を持っているが蛇だな。」

蛇は律儀にそう答えた。


 

 「……い、いやああああ!!」

ミユの悲鳴が響き渡る。

 「こんなの嘘……嘘だ……嘘……嘘よおぉ?!」

そんな悲鳴も長くは続かなかった。ばちゅん、という音ともにミユの悲鳴は消えた。

 「甲高い声は体にくる。」

ミユは蛇の尾で頭から押し潰された。蛇は尾についた血を振りはらう。



 タダシは目の前の光景が信じられなかった。

 さっきまで俺たちはみんな生きて、笑ってて……。ここに来るまでに魔物も倒して。俺たちは勇者で。選ばれて呼ばれて。……何故こんなことになっているんだ?俺は何をしている……?俺は……俺は……。



 「ようやく静かになったか。」

蛇はそういって洞窟のさらに奥に戻ろうとしていた。


 ……俺は……助かったのか……?だってあの蛇は俺を殺してない。俺は……助かった……助かったんだ……!

 「うおおおお!俺は生きてゴハアッ」

タダシは洞窟の壁に思いきり叩きつけられ、地面に伏した。


 「静かにしろと言っただろう。」

蛇は尾を振りながらそう言うと、ランプも叩き壊しその場をあとにした。



 

 どうしてこんなことに……勇者なのに、こんなに簡単に……。神器……ああ、神器があった……。あれを使えば……。

 タダシは薄れゆく意識の中で神器を探した。

 タダシの神器、片手剣は地面に突き刺さっていた。それに手を伸ばす。が、その手は届くことはなくそのまま地に落ち、二度と動くことはなかった。


 タダシが死ぬと、彼の神器片手剣は跡形もなく消え去った。それはカエデ、ハジメ、ミユの神器も同じで、彼らが命を落とすのと同時に神器は消え去っていた。








 

 「砂になったわけでもないか……。」

ルータは"侵入者たち"の死体が転がる場所で彼らの武具を探した。しかしそこにあったのは彼らの死体だけであり、武具は完全に消え去っていた。

 剣が突き刺さっていた跡から何かわからないかと思ったが、それは"ただの跡"でルータの求めるようなものはなかった。


 「一応、王に報告しておこう。」

ルータは王都に向けて今回の件を書いた報告書を飛ばした。








 



 それが今マルベーリの手元にある報告書である。

 「…………ふむ。」

報告書を読み終えたマルベーリは椅子にもたれかかり、目を閉じた。

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