第7話 原頭の村の、人間の子供

 獣の長、ヴェールトの領域には二種類の獣人が存在していた。

 一つは見た目は人間によく似ていているが、獣の耳や尾をしているもの。もう一つは獣そのものだが、四足歩行ではなく人間のように二足歩行をするもの。


 見た目は多少違えど根本的には同じ獣人であるし、そもそも本人たちはそこの違いを気にすることはなかった。なのでそこに関しての争いは起こることなく、二種類の獣人は互いに支え合い暮らしていた。



 



 「ナダお兄さんとクララお姉さんは姿は違うのに同じ獣人なんだよね。」

 「そうよ。……おかしいことかしら?」

 「…………おかしくはないけど……ナダお兄さんの見た目はちょっとこわい……。」

幼い子供の感想にクララは笑った。

 「ふふふ!ナダ、ユウはあなたの見た目がこわいそうよ!」

 「な、何でだよ?!俺もクララも同じ虎の獣人だぞ?!」

 「……だって……クララお姉さんは僕と似てるけど……ナダお兄さんはそのまんま虎さんなんだもん!」

 「そりゃ俺は虎の獣人だからなあ。」

ナダはそういってがくりと肩を落とした。




 ここは獣の長の領域の南東に位置する原頭の村。この村では多くの草花が生息しており、それらを加工して売ることにより生計を立てる村である。村の規模はそこまで大きくはなく、住民たちは穏やかに暮らしていた。



 そんな村に、最近人間の子供が保護された。

 保護したのは若き虎の獣人のナダ。ある日彼がいつものように納品に行った帰り、大雨に襲われた。桶からひっくり返されたかのような大雨に、さすがにたまらないとナダは大木の下に逃げ込み雨が止むまで待つことにした。

 たっぷり水を含んで重くなってしまった服をしぼっていると、ふと自分以外のもののにおいがすることにナダは気が付いた。晴れていたらもっと早く気付いていたであろうにおいを辿っていくと、そこにいたのは人間の子供だった。

 その子供はとても弱っていて、ナダからみても危険な状態なのがすぐにわかった。


 「……子供だし、このまま放っておくのも夢見が悪い!」

そういうとナダは子供を抱きかかえた。

 「俺、魔力使うの苦手なんだけどな!」

ナダは周りに雨を弾く壁を張ると、大雨の中を走って原頭の村に帰った。






 人間の子供を抱きかかえて戻ってきたナダに村人たちは驚いた。

 「みんな、俺がコイツの面倒をみるから助けてやってくれ!」

このナダの言葉に村人は協力することにし、看病し始めた。

 この村には様々な薬草があり、村人たちはそれらを使って子供を癒した。そんな村人たちにより、一時期危ないところもあったが子供は無事に回復していったのである。

 

 そして子供が目を覚ました。ちょうどナダが額のタオルを変えていたときだった。

 「おお、やっと目が覚めたか!」

ナダが嬉しそうに子供に顔を近づける。すると子供はみるみるうちに涙目になり、

 「虎さんだあ!食べられちゃう!」

と泣き出した。



 これがこの村にナダとユウの出会い、そして人間の子供がきた経緯である。







 


 クララはナダの隣に住む薬師の娘で、虎の獣人である。そしてナダとユウとのコミュニケーションには欠かせない人物であった。

 

 ナダを初めて見て大泣きしてしまったユウを宥めたのもクララだったし、ナダをこわがるユウに獣人の説明をしたのもクララだった。



 「でもユウ、あなたがこうしてここにいられるのはナダのおかげなのよ。」

クララはユウと目線を合わせてそう言い聞かせる。

 そう、ナダがユウを助けなければ。ナダがユウの面倒をみると言わなければ、今この場にユウがいられた可能性は低かった。


 「うん……。」

ユウは頷いた。

 「ユウはナダのことが嫌いかしら?」

クララがそう尋ねると、ユウは首を左右にふった。

 「嫌いじゃないよ!ナダお兄さんはあったかいしとっても優しいもん!……ただ、お肉食べてるときとかのナダお兄さん、こわい……。僕の腕くらいのお肉を、こう大きく口を開けてね……ガブリッ!ていくんだよ。」

そういったユウにクララがキッとナダを見ると、ナダはしまった……という顔をしていた。


 「ナダ、あなたあれほど食事のマナーを教えたじゃない!」

 「そう簡単に身につくか!」

 「そこは頑張りなさいよって言ったじゃない!」

そうして始まったナダとクララの言い合いにユウがどうしようかと困っていると、クララの父ザカルが手招きしているのを見つけてそこに駆けていった。



 「 ザカルおじさん!」

ユウはザカルに抱きついた。

 「ユウ、元気そうでなによりだ。どれ、私と茶菓子でも食べようか。」

 「 お菓子!…………でもナダお兄さんとクララお姉さんが……。」

そう言って後ろを振り向くと、先程より白熱した言い合いを繰り広げるナダとクララがいた。

 「いつものことだから気にせんで良いよ。今日の茶菓子は焼き立てのクッキーだ。早く行かねば冷めてしまうぞ。」

 「そうなの?!じゃあ早くいかなくっちゃ!」

二人を心配そうに見ていた顔はどこへやら。ユウの興味はクッキーに奪われ、ニコニコでザカルの手をひっぱりはじめた。



 こうして人間の子供は魔族の国に保護されていた。

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