第6話 龍と通じなかった言葉
龍。大いなる力と長い寿命を持ち、高い知性を兼ね揃えたその生き物は他のものたちに一線置かれる存在だった。
マルベーリは龍たちと話し合い、マルベーリとはまた違う、龍たちの中から龍をまとめる長を決めた。その長が龍の中で最も強大な力を持ったパースという名の龍だった。
アムールの谷とは人間が名付けた、龍のいる谷の一つである。ここには美しい鱗を持った巨龍ルアルを筆頭に、いくらかの龍が住んでいた。
「また侵入者か。」
同胞以外の気配に眼を開いたのは自らの住まいで休んでいたルアルだ。
「ルアル様、伝令に行きましょうか?」
そうルアルの鼻先に飛んできたのはこの谷で最も早く飛ぶことのできる小さき成龍、レガだ。レガはルアルのことを慕い、共にここで暮らす龍だった。
「同胞も既に気付いているだろうが……。念の為だ、頼むとしよう。」
「わかりました!行ってまいります!」
レガが飛び出したあと、ルアルは身体を起こして侵入者の詳しい情報を得ようと魔力探知を行った。
すると変わった魔力をまとう数人の人間を筆頭に、何人もの人間が入り込んでいることがわかる。最近、アムールの谷ではこの様に変わった魔力をまとう人間の侵入者が増えてきていた。
これらの人間は今まで人間が進むには困難であった場所を越えて着実に龍たちの住む谷の奥地へ向かってきていた。
「……レガが戻り次第、次はパースの元へ向かうよう頼むか……。」
絶壁の前で止まった変わった魔力たちの反応を感じながら、ルアルはレガの帰りを待つのだった。
「同胞たちよ、無念だったことでしょう……。」
アソオスは数日前に滅んだゴブリンの集落を訪れ、丁寧に埋葬された彼らの墓一つ一つに花を供えていた。
アソオスがこの集落跡地に訪れることを彼の主マルベーリは二つ返事で許可を出した。
「……あなたたちの言葉は、襲ったものにはわからなかったのでしょうね……。わかっていたならば、こんなことはできないでしょう。」
ゴブリンの使う言葉は、人間には滅多に通じることはない。ゴブリンはゴブリンの言葉や文字を使う。人間の中でゴブリンの使う言語を理解できるものは少ないだろう。そして理解のできない人間にとって、ゴブリンの言葉は動物と大差ない鳴き声になってしまうであろうことを、アソオスは知っていた。
全ての墓に花を供え、荒らされた集落をまわる。そこら中に残る同胞の抵抗の痕跡に、アソオスは胸を痛めた。
「あれ?誰かいる?」
ふと聞こえた声の方にアソオスが身体を向けると、そこには二人の人間の女性が立っていた。
「え、マジじゃん!ここって確かイヅルたちがゴブリンやっつけたところでしょ?……ていうかアイツ、なんか良い身なりしてるけどゴブリンじゃん!」
そう言うと女性たちは戦闘態勢に入る。
「お願いですから戦闘態勢を解いていただけますか?……ここをこれ以上荒らしたくないのです。」
アソオスが冷たい声で言い放つと、女性たちは目をパチクリさせたあと騒ぎ立てた。
「ねえ、このゴブリン言葉話すんだけど!コイツスゴイやつなんじゃない?!」
「きっとゴブリンロードとかそういうやつだよ!うわあ……やっつけたらきっと私たちの株が上がるって!」
確かに自分は人間にも通じる言葉を話すことができるゴブリンだ。中々こういった集落にはいない存在であろうが、ここまで騒ぐことかとアソオスは思った。
そして女性たちは戦闘態勢を解くどころか、先程よりも張り切りだした。
「…………戦う気ですか?」
そのアソオスの問に
「当たり前じゃん!アンタをやっつけて私たち、一気に有名になるんだから!」
と応える女性たち。
「私ごとき倒したところで……と思いますが、あなたたちにとってそれを決めるのは私ではないのでしょう。…………仕方ありませんね……ここで戦いたくはなかったのですが……。」
「ホーリーソード!」
一人がそう叫びながら、アソオスの言葉を遮って斬りかかった。しかしその斬撃は魔力の防護壁によってアソオスに届くことはなかった。
「?!」
アソオスは何かが書かれた紙を周りに散らせる。
「起きなさい、ゴーレムたち。」
そう言うと周りの土がボコボコと音を立てて動き出す。そして何体もの土人形が形作られた。
「かかれ。」
忠実なゴーレムたちは命令に従い動き出した。
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