第5話 涙のかわりに風を流そう
レスリア帝国の隣国の一つにアレストリア国がある。アレストリア国の中で最もレスリア帝国に近く、最も魔族の国にも近い位置に存在するバーベリア領。そこの現領主、フォンスタン・バーベリアは部下の報告書を読みながら人を待っていた。
部屋のノック音に
「入れ。」
と応えると彼の息子であるカリベル・バーベリアとユグード・バーベリアが入室してきた。
「父上、何のご要件でしょうか?」
カリベルがそう尋ねると、フォンスタンは二人をソファに座るよう促し話し始めた。
「カリベル、ユグード。お前たちは近年の情勢をどうみる?」
領主である父からの問に長男のカリベルが応える。
「そうですね……。やはりレスリア帝国の魔道具のアイデアには目を見張るものがあると思います。いえ、魔道具だけではない……それを発案した人々にも注目すべきです。」
次男のユグードも続く。
「魔族側への侵略行為も目立つ。アムールの谷に何度も行ってることは俺でも知ってるぜ。それに直近では黄昏の森のことがある。……まさかあのシアルウを討ち取るとは思わなかったぞ。」
息子たちの言葉に深く頷くとフォンスタンが言葉を紡いだ。
「魔道具の件は誰もが驚いていることだろう。あれらによってレスリア帝国は近年は目まぐるしい発展を遂げている。魔族側への侵略行為もその発展のおかげだろう。」
「これらに対してアレストリア国王はなんと?」
「レスリア帝国内での資源の需要が高まったことにより、このバーベリア領の一部の利権を譲渡するように。と仰せだ。」
深刻な顔でそう言った父親の言葉に息子たちは驚いた。
「ふざけてんのか?!ここにレスリア帝国の奴らを入れてみろ!魔族と問題になるのはわかるだろうが?!」
ユグードが怒鳴る。
「そうです、我がバーベリア領にとって利益になることがあるのですか?!」
カリベルもこれには声を張り上げた。
「……アレストリア国王はこのバーベリア領の利権を一部譲渡したかわりに、レスリア帝国から魔道具の一部受け渡しを望んだそうだ。」
「魔道具はアレストリアにも職人がいます!これでは一方的な搾取ではありませんか?!」
「……親父、今譲渡した……って言ったよな……。まさか……!」
フォンスタンは立ち上がり、部屋の窓から自らが治める領地をみる。いつものバザールが開かれ、多くの民衆が笑顔で行き交っていた。
「バーベリア領の一部譲渡はもう決定事項だ。……私も、今朝届いた書類で知った。」
「?!」
「もうすぐレスリア帝国からの使者が来るそうだ……。」
「……そんな……!」
室内はただただ重苦しい空気に包まれた。
雷を纏った大鷲が空を飛ぶ。やがて目的地に着いた鷲はその場に羽をおろした。
「ライ、ただいま戻りました。」
「ご苦労。」
魔族の国の王都で執務に励んでいたマルベーリの元に、数日前に飛ばした使者が帰ってきた。マルベーリは執務に一段落つけるとライに報告を頼んだ。
「 まず、仰られていたゴブリンの集落に生き残りはおりませんでした。」
「……そうか。続けよ。」
「はい。集落の状況ですが……あまりにも酷いものでした。大人も子供も関係なく、全て殺されていました。私からみた感想ですが、おそらく人間が一方的に集落に襲いかかったように見受けられます。」
「お主は何故そう感じた。」
「ゴブリンたちの多くは集落内で殺されていました。集落外で死んでいたものは皆、人間の国とは真逆の方向で死んでいました。これはゴブリンたちが逃げようとしたものでしょう……。」
ライはそこまで報告すると自分で見てきたものを思い出したのだろう。苦々しい表情を浮かべた。
「……ライよ、ご苦労じゃった。」
「ありがとうございます。」
「ゴブリンたちの死体だが……。」
「ご心配なく。近くのものたちと埋葬を行いました。……それからシアルウが眠る泉にも花を浮かべておきました。」
「礼をいう。……最後に聞くが、集落に人間の血や死体はあったか?」
「ありませんでした。」
「では魔力が使われた痕跡は?」
「……ありました。ゴブリンの中には魔術師もいましたので、そのものが抵抗した跡かと。」
「…………だろうな。……よし、お前には数日の休みをやろう。好きなように過ごすが良い。」
「わかりました。では、失礼いたします。」
大鷲は頭を下げると何かを振り払うよう大空へと飛び立った。
報告を聞いたマルベーリは花瓶に生けられていた花を数本抜くと、魔力を込めた風にのせて外へ送り出した。あの泉と集落まで届くように。
「今はこれしかできぬ我を、許さなくてよい。だがお主たちを弔うことはどうか許しておくれ……。」
魔王の吹かせた風は離れた地まで、花をのせて流れていった。
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