第5話 裏原宿

この間のこころが嘘のように目の前のはしゃいでいるこころは明るい。

今まで生きてきた中で、どれだけの涙を人知れず流してきたのだろう。

今日は個展会場として、表参道を青山から原宿方面に歩いていき、裏原宿にあるデザインフェスタギャラリー原宿に来た。


「ここは銀座の画廊と違って、審査なく個展ができるからいいのよ。それに他の作家さんと一緒に個展を開けるから、刺激にもなるし、外国人も着て観光スポットにもなっているの。そんなところで個展した方がよくない?」

個展のことはちんぷんかんぷんな僕は返答に困った。

「とにかく、名前を売りたいのよ。たくさんの人に。そのためにもいい作品を作らなければ」


我々30代後半の人間が浮くほど、裏原宿は今どきのおしゃれな若者でごった返していた。

僕もアパレルにいた時代はファッションに凝っていて、あの頃はあの頃で、今どきの若者とみられていたのだろうなとふと我に返った。


「ちょっと年齢的に浮かないか?みんな大学生くらいだろう?個展開いているの」

「若者にヒットする作品を描いていかなければ!二科展とかに出すような絵を描くんだったら老人の審査員向けの絵を描けばいいけれども、わたしが求めているのはそんなものじゃないもの」

「フォトショップでDM作るのはいいけれども、ここの雰囲気に合って尚且つ坂下さんの画風に合うものを作るとなるとプレッシャーだなー」


そういいながらも、僕は段々とその気になってきて最近、フォトショップの勉強をしている。

「わたしね、一馬君は自分が障害者であることに引け目を感じているようだけれども、障害者でも頑張れるということを個展で証明したいの。統合失調症は世間では偏見を持たれる病気だけれども、わたしは隠さない。だって、統合失調症だからって悪いことしてないもの。正しく毎日生きているもの」

自分もこころのように障害者であることに誇りを持ちたい。

こころがまぶしく見えた。


「一馬?一馬じゃない!元気そうでよかった」

誰かと振り向けば、麗香が女友達と立っていた。

「どうしてここにいるの?」

「それはこっちのセリフだよ」

「わたしは友達の個展を見に来たのよ」

「俺は友達の個展の下見に来たんだ」

「坂下こころと申します。よろしくお願いいたします」

「わたしあの時のこと後悔しているの。一馬に悪かったなって」

「済んだことだよ」

「あのー、お二人はどういった関係で?」

「・・・」

「もしかして、昔の恋人同士ですか?わたしお邪魔かしら?なんなら近くのカフェで待っているので、久しぶりの再会を過ごしてみてはいかがですか?」

「いいよ。俺は」

「わたしは一馬に話したいことがあります。一馬、ここの喫茶室で少し話そう?」

「やだよ」

「そうおっしゃらずに、お二人で昔を懐かしむ話をなさってくださいな。一馬君会話が終わったらライン頂戴ね。ではまた後で」


こころはさっさとその場を立ち去った。

僕はこの2年間の空白を埋めるべく気まずい雰囲気と懐かしくもある気持ちが入り混じった時間を早く過ぎ去りたかった。

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